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*第一章 第六節 「昏き悲願」

○「Fate/エミヤを継ぐ者」:
 第一章 その背中を見つめて
  ~第六節 昏き悲願~


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作者:White Snow

 衛宮家の遅めの夕食は、鍋だった。

 さすが、料理を極める師匠こと士郎と、その弟子たる桜。
 そのメニューも、自然と似通うものらしい。

「――待たせた、みんな。今日は、特製・衛宮鍋だからな」
 士郎が土鍋を台所から運んできた。

「キャー、ステキ特製鍋、イェ~♪」
 待ってました言わんばかりに、藤村先生が歓喜の雄叫びを上げる。……すでに壊れているみたい。

「……」
 セイバーに至っては、その手にレンゲと汁(つゆ)の入った器を持って完全武装。……いつでも戦えるみたい。

「早く士郎。わたし、お腹すいちゃったぁ」
 わたしもそんな二人と変わらない。色々あって、お腹がペコペコなのだ。

「そう焦るな」
 と、苦笑交じりに士郎が一堂を宥める。
 コンロの上にそれを置くと、グツグツと小気味良く煮えている音が聞こえてくる。

 ……ごくっ。

 誰かが喉を鳴らした。
 これは、ここに居合わせた全員の心境であろう。

「さぁ、たくさん食ってくれ」
 遂に、士郎が土鍋のフタを解放した……!

 ――――戦争が起きた。

 ……鍋の、だったけど。

 フタが開かれた瞬間、そりゃあもうスゴイ勢い。
 もわわぁ~ん、と土煙ならぬ美味しそうな湯気が立ち込める中、繰り出される剣戟じみたお箸の応酬……!

 わたしも、それに負けまいとがんばった。

 ……うん、美味しかった。すごく。
 昆布と鰹の出汁が染みたお野菜は蕩けるようだったし、お肉も程よく柔らかく淡白で、白瀧(しらたき)はにゅるにゅるさっぱり風味、お魚もほこほこアツアツ、出汁しょうゆのお豆腐の良さは筆舌尽くせず、日本人に生まれて良かったと実感。

 まさに、グッジョブ!

「鍋に余計な技巧はいらぬ、素材の味を引き出すだけでいい」
 そう豪語する士郎は一体何者か!?

 食事の時間は、それこそあっという間。
 料理のことはさておいて、その間のことはあまり思い出したくない。

「セイバーちゃん、鍋は戦いよ!」
「大河、勝負です」
 開戦前、雷を背負った二人の交わした言葉が、全てを物語っている……。

 その二人では、さしもの“鍋奉行”属性の士郎でも太刀打ちできるハズがない。
 哀れ、“鍋丁稚(なべでっち)”として、甲斐甲斐しく具材の補充に勤しむしかなかった。

「どうしよう遠坂?」
「?」
「俺、肉食ってなかった」
「うん、美味しかったわね♪」
「…………ハハ、喜んでもらえて嬉しいよ。……ぐす」
 ご愁傷様だった。

 鍋に関しては、“鍋将軍”の桜がいなくては、衛宮家の鍋の平和は守られないだろう。

 士郎を戦慄させ、涙させた暴君藤村先生は、すでに就寝している。
 湯上りで「うむ。くるしゅーない」ところに、お鍋に加えて、お土産のケーキも食せば、幸せ一杯夢一杯となってもおかしくはない。

「寒いから、今日はここで泊まるの~」
 と、こんな感じである。子供ですか、藤村先生。
 確かに夜の九時を過ぎたら、子供は眠る時間ではあるけれど。

 で、わたしとは言うと……。

 セイバーを伴って、わたしの部屋に来ていた。
 これから教会でのことを話して、今後のことを決める予定なのだ。

 ……がちゃ。

 士郎には聞かれたくないから、後ろ手に鍵をかける。
 ……とりあえず士郎には教会でのことは、コトがはっきりするまで内緒にしておくつもりだった……。



 食事が終わった後、わたしはお風呂に入って身も心もリフレッシュしていた。
 風邪をひくといけないからしっかり温まるんだぞ、と士郎に頭を優しく撫で撫でされたら、それはもう従うしかない。

「――遠坂、教会に行ってきたんだろ? 用件は何だったんだ?」
 士郎は食器類を片付け終わったらしく、“味一筋”と書かれたエプロンを外しながら訊いてきた。

 湯上りポカポカで、フルーツ牛乳を腰に手を当てて飲んでたわたしは、とりあえず牛乳瓶を空にして口を拭う。
 その間に、心を静めておく。

「うん、また仕事の依頼だったわ」
 本当のことを言わない後ろめたさを感じながら、平然とそれに答える。

 元々優等生の仮面をつけ続けてきたわたしだ、不自然でない程度に芝居を打つことはできる。
 けれど、士郎はわたしのそんな仮面を見抜くのが上手くなっている。

「……そうか。危ない仕事か?」
 士郎はじっとわたしの目を見つめながら、確認してくる。

 士郎の言う危ない仕事というのは、文字通り荒事ということだろう。
 過去の事例を挙げるなら、少し前にあった殺人事件。
 あの時は、神父からの要請で、士郎に内緒でセイバーといっしょにカタしたことがある。

 聖杯戦争が終結して、六月頃。
 この冬木市に、猟奇的な連続殺人事件が起きたのは記憶に新しい。

 実際に、その殺人事件の犯人とわたしとセイバーは相対した。
 その犯人は正常な精神状態じゃなかったけど、聖杯戦争において本物の戦闘を体感したわたしや、その専門家であるセイバーには相手にもならなかった。
 吸血鬼の可能性も疑っていたわたし達にしてみれば、不幸中の幸いだったけれど……。

 事件を解決した後で、神父から教えられてわかったこと。
 殺人犯と呼ばれる前のその男は、ごくごく普通の真面目なサラリーマンだったのだ。

 そのきっかけとなったのは、ある事件に巻き込まれてから。
 それ以来、その男は毎夜何かに襲われる夢を見るようになって心を病んだらしい。

 その恐怖感を紛らすために、男はお酒やギャンブルにのめりこむようになったという。

 そうなってしまえば、後はお決まり。
 サラ金に手を出し借金もかさみ、欠勤も増えて会社から解雇され、家族との仲も悪化して離婚……。
 その人生の転落の末、薬に手を出し、殺人に至ったらしい。

 ……やりきれない。

 ある事件と言うのは、もちろん聖杯戦争のこと。
 その犯人は、キャスターによって贄(にえ)にされた内の一人だったのだ。
 聖杯戦争の当事者であるわたし達からすれば、聖杯戦争の犠牲者であるその犯人も、その犯人の被害者も他人事として済ませることはできない後味の悪い事件だった。

 このことで、士郎はすっごく怒った。
 殺人犯と交戦したこともあって、どうしてそんな危険なことをするんだ、と怒った。
 俺達は相棒じゃなかったのか、と怒った。
 そして、助けられなかった自分の無力さに悔しさを滲ませた。

 結局、仲直りするまでの三日間、士郎は口を利いてくれなかった。
 その時の士郎に無視されている間、とても悲しくて、……辛かった。

 その仲直りの時の約束が、今後同じことがあったら、士郎も同行するということ。

 ――――だから、この質問は今回士郎も手伝うという意味を含んでいる。

「そうね。士郎には危険かもしれないわ」
「じゃあ、手伝う」
 即答する士郎。

 ……これだから、士郎にはあまり危ないことに関らせたくない。

 士郎が強くなったことは、認める。
 聖杯戦争が始まった当初とは比べるまでもなく、士郎は飛躍的に成長している。

 士郎の剣技はアイツ――アーチャーのそれに近づいているし、投影魔術の精度も上げている。
 その成長のほどは、教官であるセイバーも士郎が強くなったと認めるほどだ。
 真正面で戦えば、恐らく負けるのはわたし。……士郎は、それぐらい強くなっている。

 でも、駄目。
 士郎にはあまり危ない目に遭わせたくないし、傷ついて欲しくない。

 ――――士郎は、優しい。

 士郎は、戦うことを覚悟している。
 覚悟はできているけど、やっぱり心では納得はできていない。士郎は戦いそのものを憎んでさえいる。
 彼にとって戦うことは、自身の心を傷つける行為に他ならない。

 それに、わたし達魔術師が相手にするのは、大抵常軌を逸した“魔”に属するモノや、同じく倫理観のない魔術師なのだ。
 普通に戦えばわたしは士郎に負けるけど、実戦でならわたしは負けないし、そもそも戦わずに勝つ方法もたくさんある。
 そんな風に目的のために手段を選ばないのが、本来の魔術師というヤツなのだ。

 聖杯戦争で敵対してきた者達はやはり英霊と呼ばれるだけあって、誇り高く最後の一線を越えていなかった。
 藤村先生を人質にとったキャスターも、まだ優しい方だったろう。

 士郎はまだそうした連中を相手にしたことはない。
 性格を考えても、そんな連中と駆け引きできる器用さは士郎にはないだろう。

 今回の件は、謎めいていることもあるけど、悪意のようものだけは感じられる。
 事がはっきりするまで、士郎にこのことは伏せておく。
 知れば、それこそ自分を囮にでもして確かめにいくのは目に見えている。

 だから、ごまかす。
 恨まれたって、嫌われたって、士郎を危険にさらすぐらいなら、何倍もマシなんだから。

「――あら、いいの? 魔術書の解読なんだけど……」
「よし、遠坂。後でお茶でも持ってくから」
「……まぁ、いいけど」
 思惑としては上手くいったけれど、師匠としては複雑な心境になってしまった。

 魔術は、要するに学問。
 その教科書である魔術書を読み解けなければ、一人前とは言えない。

 魔術書には、魔力が込められている。
 正式なヤツだと、大仰な儀式をしながら、自分や生贄の血を溶かしたインクを使ったりして、一文字一文字に魔力を込めていく。
 魔術書には、簡易的な“魔術刻印”が刻まれていると言ってもいい。

 普通の人間には見てもただの文字の羅列に過ぎなくても、魔術回路を有した魔術師なら文字を見た瞬間にその意味を感じるのだ。
 わたしの感覚で言うと、文字を見るとその内容が頭に浮かび上がってくるようなイメージ。

 禁本と呼ばれる魔術書の中には、それこそ開封しただけで本に魂を吸われちゃったり、その内容を読んだだけで発狂しちゃったりするような魔術師垂涎(すいぜん)の……、もとい、取り扱い注意な“魔本”もあるけれど、士郎の場合は知識のみを伝える“教本”さえも読みこなせていない状態である。

「どうでもいいけど、その苦手意識だけは何とかしなさいよね」
「う。だって、あんなの読めないって。ラテン語だか、ルーン語だか、ビビデバビデ語だか、ちんぷんかんぷんだぞ」
 士郎は生意気にも口答えする。

 それに『ビビデバビデ語』? それって一体何語よ?
 きっと士郎の頭の中では、楔(くさび)が象形して、ヒエログリフに、アラムをラテンでサンバ、ゲトマリア革命して、ルーン爆発しているに違いない。
 ……うむ、考えてみたわたしでもよくわからない状態だ。

「うーん、ホント士郎は士郎よね……」
「……遠回しに侮辱しているな、遠坂」
 何気なく口に出てしまった言葉に落ち込む士郎。

「あ、ごめん。そうじゃないの。
 士郎の才能の無さはよく知っているけど、そういうことじゃなくて、あなたのお父さんとはやっぱり違うってコトで……」
 少し失言を反省する。

「……親父と比べたら、そりゃまぁ……って、俺って才能無いのは、もはや決定なんだな」
 わたしのフォローは、フォローになってなかったらしい。

 さらに落ち込む士郎に、わたしは少しばかりカチンときた。
 士郎には、才能が無いと落ち込んで欲しくない。

 ――――真っ赤な夕暮れの中、がんばっていた士郎には……。

 あれは忘れもしない四年前の中学の頃。
 生徒会の用事で、他校を訪れた時のことだ。

 何気なく昇降口から、見えてしまった。
 真っ赤に染まる夕暮れの中、一人の男子生徒が眩しかった。

 ただ、それだけの情景……。


「? 何、やってるのかしら?」
 それを目撃したわたしは、思わずそう呟いてしまっていた。

 ……高飛び。
 それ以上でも、それ以下でもない。

 普通に高飛びをしているだけなら、そのまま通り過ぎていた。
 もし、次に再会したとしても、顔も思い出さなかっただろうし、気にも留めなかったと思う。
 
 目を惹いたのは、そのバーがあまりに高かったから。
 なにせ、そのバーは、それを飛ぼうとする男子生徒の身長よりも遥かに高い。

 どう見ても、その男子生徒が飛べる高さじゃない。
 ……不審に思ったら、案の定だ。

「ってー!」
 その男子生徒は、背面飛びからバーを下敷きにしてマットに墜落していた。
 背中を擦っているところを見ると、とても痛かったみたい。

 ほら見なさい。そんなの飛べっこないじゃない。
 そんな風に、わたしは呆れるような思いで見ていた。

 でも、その男子生徒はバーを元通りに戻して、もう一回チャレンジしようとしている。

 もちろんバーの高さは変えていない。
 でも、その飛び方は、惜しいとはお世辞にも言えない。
 それが、ただの遊びというのなら理解できたと思う。

 けど、そうじゃない。
 そう思うには、その男子生徒があまりに真剣にすぎたから。

 ……また、バーは落ちた。
 ……今度も。
 ……あ、まただ。
 ……うわっ、痛そう。

 …………いつまで続ける気なのよ……!?

 結局、その男子生徒は日がすっかり落ちるまで続けていた。

 もちろん、その男子生徒は、そのバーを飛び越えることはできなかった。
 でも、遠い夕暮れに目を向けた彼は、妙にすっきりした顔して、悔しい表情さえ浮かんでいない。

 途中から気がついていた。
 飛べないことは、彼自身がよくわかっていたのだと思う。

 でも、飛べないことを理由に、やめる理由が彼にはない。
 そこには、何の打算もなく、ただ挑むという意味だけがある。

 その男子生徒は、わたしが見ているのなんて気がつかないで後片付けを済ませると、さっさと帰っていった。

 その情景に、清清しいほど、わたしは負けたと思ってしまった。
 眩しい……と、そう思ってしまったのだ。

 ――――できないものは、できない。

 わたし、遠坂凛という人間は、できないとわかっているものはすっぱり手を引く主義だ。
 そういう質だから、仕方がない。

 だって、「できる」とわかっているものを努力した方が、効率的だし、成果というご褒美があるからがんばれるのだ。

 ……正直に言うと、わたしは魔術師というわたしに悩んでいたことがある。
 らしくなく、魔術という見えざる道を歩んでいくことの意味をうじうじ考えていたのだ。
 そのきっかけは、ちょっとした挫折。

 ……そう、魔術師なら避けられない“魔法”にだ。

 その当時、少しばかり自分の才能に自惚れていた。
 それを根底から覆すような、“魔法”という限界にぶつかったのだ。

 遠坂家には、第二魔法に挑む宿業がある。

 わたしにならできる、と思っていた。
 でも、実際はその取っ掛かりさえ見えてこなくて、……焦って、自信さえなくしかけていたのだ。

 そんな時に、あの男子生徒がわたしには眩しかった。
 例えできなくても、その挑む姿に、わたしは知らず憧れ、励まされてしまっていたらしい。 

 ……それからだ。
 わたしは、わたし。

 ――――できないものは、わたしにはない。

 ……だって、わたしは遠坂凛なのだ。
 できないものは、わたしが思っているよりもずっと少ないって、わかったのだから――!


「士郎、いい? あなたに才能がないのは当然。
 元々魔術の才能なんか無かったのは、お父さんにも言われて最初からわかってたことでしょ? それなのに、今は魔術を使えるようになってる」
「……と、遠坂?」
「できるようになったのは、諦めないでやってきたからでしょう」
 わたしの言葉に衝撃を受けたような顔をする士郎。

「そうだよな、俺はそうやってきたんだものな……」
「そうそう」
 自信を取り戻した士郎に満足する。

 本当は、オカシな話。
 ずっと続けることの尊さを教えてくれたのは、士郎で。
 それを今も体現しているのは、士郎なのだから。

 その当の本人が、気がついていなかったのは士郎らしい気もする。

「……だからね、士郎。この件が片付いたら、徹底的にしごいてあげるわ♪」
「……ぉおぅ、ガンバリマス」
 わたしが、うふふと微笑んであげたら士郎は素直にコクコクと首を縦に振る。

 わたしの弟子としては、コレぐらいで音を上げてもらっては困る。
 それだけじゃなくて、わたしは士郎に魔術を教える上で、まず教えたいことがある。

 魔術は辛いことだけじゃない。
 神秘を見て体感する、真理への探求こそが魔術師の何よりの喜びなのだ。
 士郎には、学ぶ楽しさを知ってもらいたい。

 魔術師が書き残したものを、一般に総称して魔術書と呼ばれている。

 そして、魔術師は変わり者ぞろい。
 だから、魔術の秘儀を書き記したものばかりじゃなく、恥ずかしい日記、興味深い料理のレシピ、笑えるマイポエムとかあったりする。
 中には貴重な歴史や、研究論文などといった“当り”もある。そうした先人の遺した知恵である“当り”の文献に触れることも、結構楽しいことなのだ。

「覚悟してなさい、辞書要らずにしてやるから」
「無茶ゆーなっ!」
 そんなこんなで弟子の教育方針を一考させられた後、わたしはこうしてセイバーと本題に入ろうとしている。

「セイバー、そこに座って。……ん、どうしたの?」
「……あ、凛」
 それなのに、セイバーは妙に色っぽくわたしから顔をそらして、頬を赤く染める。
 まるで、士郎の部屋に連れ込まれたわたし……みたい?

「――凛、優しくして欲しい。できれば、電気を……」
「セイバー、その甚だしい勘違いを今すぐ改めないと、本当にスルわよ」
 本気で襲ってやろうか、と思ったりした。冗談抜きで。

「……冗談です」
 嘘だ。今のは、本気っぽかった。
 その証拠に、セイバーの表情が挙動不審しているじゃないのよ!



 時刻は、二十三時より少し前。
 わたしにとって、夜の静けさが精神を落ち着かせ、目が冴えてくる時間帯でもある。

「――Gehen(行け)」
 命じると、わたしの眷属たる梟(ふくろう)達が羽音一つさせず窓から飛び立っていく。

 ものを食(は)まず、わたしの魔力を糧とする。
 石の体には体温はなく、血も通っていない代わりに、わたしの意志が通っている。
 生の証である鳴き声を上げず、見たもの、聞いたもの、感じたものをわたしに届ける。

 ――――彼らは、わたしの使い魔。

 “真実”を意味する紫水晶(アメジスト)を核に、仮初めの命を与えた梟のカタチをした石の彫像(ゴーレム)である。

 本物の梟より二、三回りほど小さく、梟のカタチに彫ったそれは、わたしの手の平を広げたぐらいの大きさ。
 どれ一つとして同じ形をしていないわたしの手作りなのだ。
 舐めないで欲しい。これぐらいの造形ができないほど、わたしは不器用ではない。

 でなければ、光の芸術品である宝石の加工なんて怖くてできない。
 原石から削り出して、わたし好みの宝石に仕上げる行程は至福の一時でもあるのだし。

 窓から彼らを見送る。
 黒い石でできた梟達は、夜の暗さに紛れてすぐに見えなくなってしまったけど、何となく空を見上げていた。

 分厚く立ちこめた雲が寒々しく、雷雲が遠くの方でゴロゴロと鳴っている。
 窓から吹き込んでくる夜風は、冗談じゃないくらいに冷たくなっている。

「……本当に、冬になっちゃったみたいね」
 ポツリと呟いて、窓とカーテンを閉めて冷気を遮る。

 わずかな間だけ窓を開けていただけというのに、部屋はずいぶんと冷えてしまって肌寒い。
 左腕の魔術刻印が熱を帯びて血が脈打っているから、その寒さの中にあってそこだけが生きているかのように感じられる。

「凛、見事ですね」
 いっしょにいたセイバーからの賛辞を、「まーね」と軽く答えておいて、魔術行使に伴う軽い疲労を覚えながらわたしはベッドに倒れ込む。

「むぅ、お布団が冷たい……」
 倒れ込んだお布団は、冷気を含んで背筋がぞくりとするほどひんやりしていた。

 仕方なしに、枕元にあるエアコンのリモコンを手探りで探して、強めに設定する。
 別にエアコンの操作くらい、わたしでもできる。時々、冷房と暖房間違えることもあるけど……。

「凛、はしたないですよ」
 だらりとしているのを、セイバーが溜息をつきながら忠告してくる。

「うー、だって疲れたんだもん。それに女の子同士だから、別にいいじゃない」
 さらに、だら~としながら、足をジタバタする。

 ちなみに、今はスカートじゃない。ただのパジャマ。
 見えそうとか、ヘンな妄想はしないように、そこ。……って誰に言ってるんだろうか、わたしは?

「……シロウに嫌われますよ」
「それはイヤ」
 セイバーの言葉に従って、わたしは仕方なしに起きる。

「……一息入れましょう」
「うん」
 セイバーに促されるまま、最近士郎専用の勉強机として活躍しているガラステーブルに座る。

 そのガラステーブルには、先程約束通り士郎が持ってきてくれた紅茶セットがある。
 紅茶でも用意しましょう、とセイバーが席を立った瞬間にノックされたのにはびっくり。
 持ってくるタイミングとか、その辺り士郎は本当にそつがない。

 それをセイバーは、ゴールデンルールに従って手際良く紅茶をカップに注いでいる。
 さすが、セイバー。伊達に、紅茶の本場出身やってない。
 セイバー曰く、「王となる前は、何でも一通りこなせるように仕込まれましたから」と懐かしげに語っていた。

「お疲れ様でした、凛」
 労いの言葉といっしょに、セイバーは紅茶を出してくれた。

「……ありがと」
 こういうところで、彼女生来の優しさを感じてしまう。

 わたしとセイバーは、ほとんど友達みたいな間柄。
 もっとも、セイバーの外見は年下だし言動に幼いところもあってほとんど保護者気分で、妹みたいなものだ。

 時折、親の心境になってしまう自分が憎い。
 ……実は、将来わたしにも子供が持てるならセイバーみたいな子だったらいいな、と想像して自爆することもあったりなかったり。

 だから、逆にその温かく見守る優しい目で見られてしまうと何だか気恥ずかしい。
 頼られることはあっても、そんな風に優しくされるのには慣れていない。

 気恥ずかしいので、カップに視線を注ぐ。

 わたしはストレートで飲むことが多いけど、これはミルクティー。
 ミルクティーは身体が温まるし、カルシウムも補給できて精神安定に効果がある、とそんな無駄知識が頭によぎる。
 そんな風に気を利かせてくれる士郎の気配りも気がついていた。

 しばし、カップを両手で包んで、温かさと香りを楽しむ。
 ミルクが入れられたことで甘みの増した匂い、それを運ぶ湯気が顔をくすぐって気持ち良い。

 それを一口する。

 思わず和んでしまう。
 口当たり柔らかく、ほんのり甘い味が口に広がる。

「今日は、アッサム?」
「はい、当りです」
 などと、銘柄当てをしまうのは、わたしとセイバーだけで流行っている趣味の話。

 セイバーも紅茶にこだわりがあるらしく、“いんたーねっと”で各種銘柄を仕入れているようだ。
 今では衛宮邸の紅茶棚には、世界各国の銘茶がストックされて喫茶店でも開けそうだ。

 ちなみに、衛宮邸の台所に紅茶棚が新たに設けられたのは、わたしとセイバーで士郎との交渉で勝ち取った成果でもある。
 悔しいのだけれど、セイバーが士郎にお願いしたら一発だった。普段からあんまりわがままを言わないセイバーたってのお願いに、士郎は嬉々としていたぐらいだし。

 やはり士郎はセイバーに甘い。
 それは何だか面白くはない。面白くはないんだけど……。
 ……でも、まぁ、セイバーがそういう風に生活を楽しんでくれるのはなんか嬉しいので、わたしも甘いんだろう。

 ちなみにセイバーは、“いんたーねっと”の座談会……っぽい“紅茶を語る会”にも参加しているらしく、ブレンド・レシピとか、紅茶に合うお菓子に関して色々研究発表しているとか。
 だから、セイバー。その馴染みようはどうよ、とか思うけれどわたしもその恩恵に授かっているので良しとする。

 わたしの緩んだ顔を見て、セイバーは嬉しそうにしている。
 アイツにされたら何やら癪に障ったけれど、セイバーなら素直に赦しちゃう。

 アイツが淹れてくれた紅茶は洗練されていて美味しかったけど、セイバーの淹れてくれた紅茶も優しい味がして美味しかった。
 こういうのは気持ちがけっこう重要だと思う。

「美味しかったわ。ありがとう、セイバー」
「お粗末さまです」
 おかげで気分良くリラックスできた。

 その頃には、エアコンが効いて部屋は暖められて、ゆっくり話をするのには丁度良くなっている。
 このままセイバーと楽しくおしゃべりでもしたいところだけど、ここはぐっと我慢。

「とりあえず、使い魔を放ったわ。何の情報もなく動き回るのは効率的じゃないものね」
「はい、凛の判断は正しい」
 セイバーは、こくりと頷く。

 教会での事は、すでにセイバーに話してある。
 そして、まずは情報収集が先決だということで、早速お使いに出てもらったというわけだ。

 放った使い魔は、十体。
 監視する場所は、霊的な拠点を中心に、人目の無いところを選抜。
 内、二体はここ深山町と、新都の上空を巡回させて街全体をカバーをしている。
 純粋な人海戦術がとれない以上、わたし達ができる情報収集作戦。

 これで何かあれば、あの子達から異常を教えてくれる。
 数を扱うし長期戦になるから、遠隔操作式じゃなくて、自動式にしてある。
 本当なら四十体以上軽いけど、さすがにそこまですぐに使える使い魔を用意していない。

 紫水晶とてタダではない。遠坂家の懐事情は外よりも寒いのだ。
 それに、探索に力を注ぎすぎて、肝心な時に魔力切れでは元も子もない。

「……本当に、何か起きているのでしょうか?」
「そうね、セイバーは何か感じない?」
 それに、セイバーは目を閉じて心の中で問いかけるようにする。

「……よくわかりません。
 確かに言われてみれば、何か起こりそうな、ざわめくような予感はあるのですが。すいません、凛」
「……そう。気にすることないわ、何でもないかもしれないんだし……」
 何でもなければいい。
 でも、何かあったのなら、セイバーの直感でも捉えきれないとなれば、相当厄介ということだ。

「これは推測。何かいたら、だけどね。
 これだけのことをやらかしといて、わたしとあなたに悟らせていないってのは、相手はよっぽど慎重なヤツよ」
「向こうは、私達を意識して警戒していると、凛は考えているのですね?」
 残念ながらそれは認めるしかない。

 わたしとセイバーは、その筋ではかなり有名になっている。
 そのことでも、あの神父から注意されている。

「当然。こっちにはあなたって言う英霊がついているのよ。よっぽどのバカじゃない限り、手を出そうとは思わないはずよ」
 普通はそう思う。こちらにはセイバーっていう英霊――人類最強の守り手がいるんだし。
 何せ抑止力の一端として働く英霊は、魔術師にとって絶対避けたいものだから。

 根源へ辿る道は、始まりの回帰にして、終わりの到達である。

 その領域に辿りつく事は、今の世界を変えてしまうことにもなりかねない。故に、秩序の守り手たる抑止力が、そこに至ろうとする魔術師を排除する。
 魔術師達は、その抑止力に、どう戦うのではなく、どう回避するかで悩んでいるのだ。
 間違っても抑止力を相手にしてはいけない。それが、魔術師達の共通の見解である。

 それに、わたしが聖杯戦争を経験したマスターだからこそ、サーヴァントには勝てないという実感もある。
 その脅威を知っていながら、あえて私達に喧嘩を売ろうとするのなら、セイバーを倒しきれる手段を持っている可能性は非常に高いのではあるが……。

「でもね、これで何かリアクションがあると思う。
 これだけ慎重に事を進めようとする相手だもの。それだけわたし達が脅威ってコト。わたし達が警戒していることを知ったら、向こうは焦ってボロを出すわ。例え、こちらの警戒網に入らなくても、ね」
「……だと、いいのですが」
 セイバーの不安そうな呟きは、わたしの不安でもあった。



 ……じ、じじ、じじじ。

 人の耳には聞こえない虫の“報せ”が届いた。

「……ほ。今宵は、何かと騒がしいようじゃな」
 ワシは思わず苦笑を浮かべた。

 五感情報として届いた“報せ”によると、どこぞの使い魔どもが街中を飛び回っているようだ。
 それも街中の虫の感覚でもっても、なかなか捉えることが難しく、その残影のみが把握できるだけ。

 なかなかに、機動性、隠密性に優れた使い魔どもであるらしい。
 完成度という意味では、ワシの監視術式の虫とでは比べるべくもないだろう。

 もっとも、ワシの術式は親虫の子孫が街中に繁殖し、一定の魔力を持つモノを見張ることを本能とする監視装置。
 その虫達は魔力をほとんど帯びないために探知も難しく、何より感覚器官に優れた虫達である。その繁殖性と、魔力維持が不要な点において、満足に動けぬワシの良き目と耳になってくれている。

 ……ふむ、なるほど。
 これほどの使い魔を何体も扱える魔術師であれば、この地において限定されよう。

「――遠坂の小娘め、あともう少しで時が満ちたものを……」
 誰にも気がつかれないように周到に準備を進めてきていた。
 しかし、使い魔でもって探索を行っているようでは、これは気づかれたと見るべきだろう。

 さすがは、遠坂。
 この地の管理者(セカンド・オーナー)の名は、伊達ではないということだ。

「カカカ、カカカカカ!」
 だが、笑いを堪えることができなかった。

 仕掛けは充分に整い、時を待つばかり。
 始めさえすれば、容易く目的は達せられよう。
 それがわかっていれば、自然と笑みもこぼれようというものだ。

 ……ばしゃっ、ばしゃ。

 つい気が緩んでしまったらしい。
 飼っているモノが這い出そうとしている。
 溺れているものがするように、アレは激しく水音を立てる。

「クルシィ、クルシィ、タリナイ、タリナイ……、ホシイィ!!!」
 その水音に混じって、もがき苦しむ声も聞こえる。

「カカカ。出たいか? 意地汚いヤツよ」
 その呼びかけに、水音と苦悶の声は一層強くなる。

「……しょうがないの。
 じゃが、もう少しじゃ。今にたらふく喰わせてやろう。――それまでは、大人しくしておれ」
 命を下すと、急に静かになった。

 ……とぷん。

 何かが沈んでいく音。
 ぁぁあぁぁああ、と慟哭のような呻き声を上げてアレは深いところに落ちていった。

「カカ、可愛いヤツよ」
 アレをワシは愛し子のように感じる。

 アレとワシはよく似ていた。
 貪欲に求める姿は、滑稽でありながらも親近感を覚える。

 もっとも、アレをああしたのは、ワシではあるが……。

 だから、余計に愛しい。
 同じような苦しみに喘いでいる存在がいるだけで、ワシは一人ではないのだと実に心が安らぐ。

 静かになった部屋を見回す。

 暗く、生暖かく、この微かに血と腐臭が漂う暗室。
 元より、陽の下で生きていけぬ腐り堕ちたこの身の安息の場所。

 ずっと、ずっと、この暗室で時を待ち望んできた……。

 日々、腐っていく身体を呪いながら、この部屋から開放されたいと切望してきた。
 呪ってきたはずなのに、ここはワシにとって故郷にも似た揺り篭には違いなかった。

 ――――蟲の飼育室。

 けれど、今や眷属たる蟲達はいない。
 ……今は、その蟲の代わりに先程のアレを養っているというワケではある。

 かつてこの部屋にいた蟲達は、油でも撒かれて焼き尽くされてしまったらしい。

 そんな真似をしでかしてくれたのは、短慮な孫以外にはありえまい。
 さりとて、それさえ些細な事。

 あの時の屈辱に比べれば、孫のしでかしたことなど笑って水に流しても良いくらいだ。

 ワシはここの主だった、間桐臓硯。
 今は、己の存在を常に確かめてないと自我を保てない。

「忌々しい限りよな、まったく……」
 あの時の事を思い出すと、実に腹立たしくこの身が粟立つ。

 ここへの侵略者は、まさに傍若無人だった。

 ――――黄金の王。

 そう形容するしかない存在。
 前回の聖杯戦争から現界したままのアーチャー……。

 ワシでさえその正体の見切れず、その思考も読めぬと危惧していた。
 そのアーチャーのマスターが、油断のできぬあの言峰であれば、なおさらであろう。

 そうした不安要素を抱えた此度の聖杯戦争に出るか出ないか、そう考えあぐねていた最中、あやつは突然ここを訪れた――。


 かつん、かつん、と響く靴音は不吉以外のなにものでもない。
 突然のことで、逃げる暇もない。

「ここにいたか、虫ケラ」
 黄金の王はワシを見つけて睥睨(へいげい)した。
 その態度はいかにも退屈だと言わんばかりで、とても面倒そうだった。

「大人しくしておれば、まぁ見過ごしておいてやっても良かったのだが……。
 しかし、仮の住まいに虫ケラがいたのでは気分が悪い。光栄に思えよ、この我(オレ)自ら掃除にきてやったのだからな」
 黄金の王らしく、訪れた理由は不遜そのもの。

「だ、誰の許しがあって入ってきたか、このサーヴァント風情が!」
「許し? 王がどこに行こうと誰の許しが必要だ?」
 黄金の王は、一切の無礼を許さない。
 いや、ワシには発言すら許されてはいなかった。

 宙空に無数に浮かび上がるありとあらゆる形状の武具。

 これよ。この、デタラメさ、尋常ではない。
 全て宝具と呼ぶに相応しい、どれも一級の品。

 如何(いか)なる者が、これほどの宝具、これほどの数を持ちえようか!?

 天井を覆いつくさんばかりに浮遊する凶器、その切っ先全てに狙われている。
 それは、発狂するほどの威圧感。

「――控えろ、虫ケラ!」
 黄金の王は、パチンと指を鳴らす。

 いきなり右足がもげる。
 その次は悲鳴すらあげることすら許されず、ワシの喉は鈍器じみた戟(げき)で簡単に落とされる。
 そのまま地面に落ちる前に、腹、胸、頭、腕、足、手、その全てが串刺しにされる。
 串刺しの宙吊りにされ、それだけに止まらずそれに倍する刃が突き立って、ワシの体を千と千切っていく。

 串刺し刑は、黄金の王が飽きるまで続いた。

 もはやワシは原型を留めない肉片となって、床にばら撒かれる。
 しかし、それさえワシを死に至らしめることにはならない。
 ワシにとって、蟲一匹さえ生きておれば死ではない。

 ……ぞぞぞ。

 体から散った蟲は、より昏い闇の中まで這いずって固まり、ワシというカタチになる。

「……む?」
 再びワシがカタチを成していくのを、黄金の王に訝しげに見つめられる。

「……カカカ。痛い、痛い。
 しかし、その程度のことで、ワシは殺せぬよ」
 いくら黄金の王と言えど、ワシを完全に殺すことなどできはしない。

 愚かにも、そこで安心してしまった。
 それがどれだけの思い上がりだったか、知るのはすぐのことだ。

 この黄金の王の前に生き残るためには、全てを捨てて逃げるか、ひたすら命乞いをしてその気が変わるように祈るしか、助かる道はなかったろう。
 ……そうしたとして、助かったかと訊かれれば、その考えこそ甘い。

「やれやれ。あまり手をかけさせるな、虫ケラ。
 我が、死ねと言っているのだ、潔く死んで見せるのが下僕の務めだろう」
 失望させるな、黄金の王は首を振る。

「カ、カカカ。死ねぬな、死ねぬよ。そう簡単に死ねるほど、ワシの業(ごう)は軽いものではないわ!」
「……そうか。我が、死ねというのは、せめてもの慈悲だったのだがな」
 黄金の王は、愉快気に口を歪める。

「――では、我がその業の苦しみから解き放ってやろう!」
 そう言って黄金の王は、また指を鳴らす。

 今度は、雨と降る凶器ではなかった。
 宙空から無数の鎖が、地面めがけて迸(ほとしば)り地下深く沈んでいく。

 実際に、鎖は地下に潜っているわけではなさそうだった。
 別の異界へと、その鎖は繋がっているらしい。

 ビシッ、と鎖はナニかを捉えた。
 そして、じゃら、じゃら、と軋む音を立てながら、ナニかを吊り上げていく。

 ……暴れている。

 その鎖を見れば、ワシには夥しい魔力を秘めたモノだとわかる。
 鎖とは、すなわち縛るもの。
 その鎖に掛かれば、神でさえ縛れよう。

 その鎖に縛られてさえ、繋がれたモノは暴れているらしい。

「……おお」
 ワシは呻いて後退る。
 これから出ようとするモノは、ワシが本能的に怖れているモノだと直感する。

 ――――死。

「出てこい、久々の現界だ」
 黄金の王は、ナニかに向かって命ずる。

『………………!』
 低い唸りを上げて、そのナニかは姿を現した。

 出てきたのは、一本の剣。
 空間そのものに、鎖でがんじがらめに繋がれた剥き出しの剣。

 その威容、鎖に繋がれていても衰えることはない。
 魔王が持つなら、これほど相応しい魔剣はない。
 そう思わせるほど、典雅な装飾が施された両刃の大剣である。

 しかし、その剣のおぞましきこと……。

 鋭利な鋼の刀身でありながら、それは息吹く。
 柄は金属らしい光沢を放ちながらも毒々しいほど肉感的で、それは脈打つ。
 その剣は、視覚できるほどの黒く瘴気が渦巻き帯電している。

 そのおぞましさ、言葉では到底言い表すことなどできない。
 “死”が具現した剣というものがあるのなら、この剣において他にあるまい。

 黄金の王が、その剣の柄を握る。
 王自ら封印を解いたせいか、それとも主を得た剣の歓喜のせいか、恐らく封印のための鎖は一瞬にして砕け散る。

「……相変わらずか」

 黄金の王は苦笑する。

「な、何じゃ、その剣は……!?」
 その剣の変化に、ワシは思わず慄(おのの)く。

 その剣の柄が蠢き、血肉通うような本当の肉になる。
 それは、肉の触手となって黄金の王の腕に巻きつき浸入していく。
 信じられぬことに、その剣は持ち手さえ喰おうとするのか、黄金の王と一体になろうと溶けていく。

「騒ぐな」
 黄金の王が一喝する。

 すると剣は、逆戻りを始め、元の柄に戻る。
 黄金の王の腕も、元通り。
 主を喰らおうとする剣も剣なら、その剣を一喝で大人しくさせる黄金の王もこの剣に相応しい主だった。

「――“啜(すす)る剣”。
 これは、神の魂を欲し続けるあらゆる魔剣の祖。我だけが持つ銘無しの剣の中の一本だが、我はそう呼んでいる」
 黄金の王は、調子を見るようにその剣を軽く振るう。

 剣の軌跡は、黒く爛れていた。
 ……そう、この剣は、その通り道である空間でさえ喰らう。

「見ての通り悪食でな、けしからんことに我さえも喰おうとする。
 放っておくと余計なものまで斬ってしまうのでな、使う機会はなかったが……」
 黄金の王は、ワシを見据える。

「ヒッ!」
 ワシは怯えた。
 あの剣に斬られれば、終わりだと見ただけでわかる。

「……何より美しくない。だが、虫ケラの貴様には、お似合いだろう!」
 黄金の王は、微笑を湛えて疾風と化す。

「ことごとく喰らい尽くされるがいい!」
 黄金の王はその剣を一閃する。

 この身を蟲に別けて逃げようとしたが、間に合わなかった。
 肩から袈裟懸けにバッサリと切り裂かれる。

 ――――瞬間、闇に包まれた。

 肉という檻から一気に丸裸にされて、空に投げ出されたような感覚。

 無明の闇の中、ワシは魂となって漂っていた。
 暗くて、寒い。
 境界がない世界は、今にもワシが溶けて無くなってしまいそう。

 剥き出しの魂とは、こんなにも弱く頼りない。

『ゥハハァァアア』

 そんな自身を守る術もなく、逃げる術もないのに、目の前には唸り声を上げる髑髏の顔がいる。

「……ワシが喰われる!? クワレテイク……!? クワレレ、レレ……???」
 抵抗さえできないまま、その髑髏の顔にワシは喰われていく。

 髑髏の顔達は幾千幾万、幾億の群れとなって押し寄せワシに集(たか)り始める。
 それに抗うことなど、如何なる手段だろうと無理だろう。

 それは、怖れていた死の感触よりも、もっと……。

 全て喰らい尽くされた後、……急に視界が開けた。
 あの生き地獄を見ていたのはほんの一瞬のことだったようで、ワシの体が斜めにずれて地面に落ちていくところだった。

 この程度なら、ワシは死にはしない。
 アレは幻だったか、と安堵したのも束の間。

 ――――全て、終わっていた。

 地面に落ちると、そのまま蟲としてワシのカタチが崩れていく。
 ……そう。もうワシに、ワシとしてカタチを保つことができない。
 カタチをなす魂の雛形が消失していた。

「ヒッ! キエル!? ワシガ、キエ……ル? キエタ……、キエタクナ……、キエタクナィ!!!」
 カタチを失うということは、それはすなわち自己の消失。

 ――――魂の消滅!?

 ただの一太刀。
 ただのそれだけで、蟲という群体のワシを滅ぼす。
 あの剣は、ワシという存在の本体である魂を喰っていったのだ。

「長く生き過ぎたな、虫ケラ。
 貴様の逝く先は、何も在りはしない消滅よ」
 もうカタチを留めていられなくなったワシを、黄金の王は嘲笑していた。

「……キエ……タ、……ク……、ナ……イ……」
 声は掠れていく。

 ……ぐちゃり、と最後にはワシの顔だったものさえ黄金の王に踏み砕かれる。

「なんだアーチャー、こんなところにいたのかい」
 意識が薄れていく中、この黄金の王を招いた愚かな孫の声がしたような気がした――。


 ……いつの間にか、あの時のことを思い出して背筋が震えていた。

 身も震えよう。
 危うく消滅しようとしていたのが、こうして存在できているのだから。

 ――――愉快。

 実に、愉快だった。
 いや、身も凍るほどの恐怖と言うべきか?

 本当のところは、どうでも良い。
 このワシがワシとして存在できていれば、それに勝るモノなどない……!

 今は、その恐怖さえも好ましい。
 そう感じられている限り、ワシはここにいられるのだから。

「……な、何をしてるんだよ!?」
 戸惑った声が後ろでした。

「……慎二か?」
 ワシは振り返り、久しぶりに会った孫に笑いかけてやる。

 もうワシの中で、孫に対する怒りなどとうにない。
 むしろ、今のこの愉快な気持ちを共に分かち合いたいと思うほどだ。  

「……お、お爺さま?」
 以前の姿とは大きく違ってしまったが、それでも孫にはわかったようだ。

「おお、そうじゃとも、そうじゃとも。元気そうで安心したぞ」
 孫は無様にへたり込む。

 見れば、カランカランと杖が転がっていく。
 あの傲岸不遜の黄金の王に関って、孫は足でも不自由になったらしい。
 もっとも、それだけで済んだのは僥倖と言えようが……。

 間桐慎二、ワシの孫。
 愛しく、愚かで、憎い間桐家の末裔。
 役立たずの不良品、そう思ったものだが、これはこれでつくった甲斐があったやも知れぬ。

 絶望に喘いでいる孫の姿は、哀れを通り越していっそ笑えた。
 こうしてワシを笑わせたのだから、孫は役目をちゃんと果たしたわけだ。

「……ど、どうしているんだよ!?」
 まだ目の前のワシが生きていることが信じられぬのか、慎二は癇癪を起したように叫ぶ。

「おお慎二、そんなことも忘れてしまったのか?
 ――聖杯、それを手にすることこそ間桐の……マキリの悲願。それを手にするまでは、このワシが滅ぶことなどありえぬわ!」
 孫の引き攣った顔が、本当に可笑しくてワシは笑う。

「そうじゃろう、のう桜?」
「はい、お爺様」
 桜は、艶然と微笑んで答えていた。


<履歴>
掲載日:2006/03/13
投稿日:2004/12/01

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