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*序章 「英霊の座」

○『Fate/エミヤを継ぐ者』:
序章 『英霊の座』




作者:White Snow



 ここは、天井がないかのように暗く高い。
 ここは、蛍火(ほたるび)のごとく漂う燐光に照らされている。
 ここは、入り口がなく、出口もなくて、果てがない。
 ここは、その果てがない先へと吸い込まれるように、川のような雲が流れている。
 そして、この無限に続く回廊には、無数のヒトガタの像が並んでいる。

 その様は、静粛にして荘厳。

 整然としてズラリと並んだその像達は、台座の上において静かに瞑目して佇んでいる。
 今にも動きそうな意志と生命力を内包したそれは、真実“人間”だった。
 けれど、そこから永久に動くことがないのであれば、それはいくら“人間”であっても像であろう。

 そして、その像達の存在感はどこか突き抜けて圧倒的。
 正や負の方向性の違いはあってもその存在感は、“神像”と呼ぶにふさわしい。

 ――――ここは、“英霊の座”。

 かつて、雄大な竜を倒した勇者がいた。
 かつて、到達不可能な魔の海域を乗り越えた冒険者がいた。
 かつて、神の声を聞き、故国を守るために戦場を駆け抜けた騎士がいた。
 かつて、治める大地がある限り、征服を続けた覇王がいた。
 かつて、悩める子羊達に愛を説いた聖者がいた。

 かつて、愛や友のために、怒りや憎悪のために、名誉や誇り、信念のために、己の欲、性(さが)のために、その命を賭して一生を輝かせた者達がいた。

 “英霊の座”とは、人の世界において偉業を成し遂げ、奉られた者――通常の輪廻から外れた英雄達がいる世界。
 本来誰も訪れることなく、また誰にも観測されることなく存在し、英雄達を悠久に鎮魂する場所である。

 けれど、台座に据え置かれた英雄達のいるここは、神殿の雰囲気を纏おうとも博物館めいている。

 もし、誰かがここを訪れたのならこう思うだろう、蒐集物(コレクション)と。

 それは、間違いではない。
 時間の概念がないここには、序章から終章に至る歴史の中で生まれる英雄達が収蔵されているのだから――。



 ここに、赤い外套を身にまとった鋼を思わせる長身の青年がいる。

 その表情には、何の色も無い。
 他の英霊達がいる中でも、それは異質であった。豊かな表情に満ちた他の英霊達に比べ、何の未練も無く、成すべきことをして生をまっとうしたように、悲しみも苦しみもなく、ただ透明な硝子のようだった。

 その体が、光に包まれる。

 よく見れば、回廊の至る所で他の英霊の像も光り輝いている。
 何も変化することなく、不変で完成されたこの世界において起こるこの現象は、英霊が守護者として機能しているためである。

 それも、一瞬。

 光り輝く英霊の像は、すぐに平穏を取り戻す。
 人の世界においてどれほどの時間が過ぎようと、ここは時間の流れに縛られない世界であり、全て一瞬の出来事。
 私達という観測者がいなければ、そうした変化さえしない世界。

 ――――守護者。

 霊長の存続を図る統合意思により、その霊長の存続を危うくする因子が人の世界に現れたときのみ行使される抑止力、それが英霊による守護者。

 ……そう、この時のためだけに私達は、“ここ”にいる。

 この悠久の時の狭間にいる、私達。
 誕生を待ち続けるは、歓喜のこもった切望のため。
 命を燃やすは、果てのない夢のため。
 死を迎えるは、悲しき結末のため。
 目覚めは遥か遠く、ここに至り。

 ――――こうして私達は、束の間の夢を見る……!



 ……果たして、目を覚ますのは何度目のことだろう。

 “夢を見る時が、目を醒ます”という、この馬鹿げた悪夢はそれこそ悪夢のように続く。
 こちらがもう終わりにしてくれ、と叫んだところで変わらない。

 こうなって思う、死をもって終わりが告げられるのは、ある意味安息なのだと。

 もはや、それに対する苦痛はもう感じない。すっかり麻痺してしまった。
 要するに、抗おうとせず全てを受け入れてしまえばいい。そうすれば、苦しいとも思わなくなってしまった。

 こうしてこの身が召還されるということは、私に用ができたということ。
 今の私には、それをただ淡々とこなすだけの機械にすぎない。

 ……あぁ、何度も体験したからわかる。
 世界に散華した私が、再び“個”になる。もうすぐ……私が目を覚ます。

 ――――ごうっ、と唸りを上げる風鳴りの音。

 それが、きっかけだった。

 風の蛇がまとわりついて、己の形を思い出す。
 これが思いのままに動く己の四肢なのだと自覚すると、肉体に縛られた重みを感じる。
 温かな血が全身を通い始めて、その鼓動を聴く。
 その鼓動が、冷たい外気との差を感じて生きているのだとわかる。
 五感に色がつき始める。
 正直、急に与えられた刺激は目眩がしそうなほどに強烈。

 それが世界の“集合”である私達から、私という“個”への最後の一押しとなる。
 大きく息を吸いこみ、己の内に満たすとそれを吐き出す。

「……ハー」
 口から漏れる吐息は、産声。
 再び私にこの世界に受肉したことを告げるものであると同時に、目の前に広がる地獄への対峙の始まりを告げるものだろう。

 ――――落ちている。

 かっと目を見開き、自分が比喩無しに落ちていることを確認する。
 それもかなりの上空だ。まず人であればパラシュートでもなくては、結末は語らずともわかるような高さだ。

 どうでもいいが、召還するのであれば最低限ちゃんと地面に立てるようにしてもらいたいものだと思う。
 何か、これと同じようなことを体験した気がするのはどういうことか。

 記憶に無いので、自分と言う他人が書いた記録をたどってみる。

 …………どうやら、私はまっとうな召還がされなかった時があるらしい。
 その時に、ずいぶんと理不尽な扱いを受けたことがあるようだ。

 その時は、今回と同じように落下中……いや、あれは墜落と言った方が正しいか。
 目の前にはどこかの屋根。とっさに受身をとるのが精一杯。轟音が響き渡って、気がつけば、廃墟と化した一室に私はいた。

 途方に暮れそうな状況で、ドアが蹴破って入ってきた“誰か”……。
 その“誰か”は、ぶつぶつと何事かぼやき終わると、開口一番――。

『――それで、アンタなに』

 ……その“誰か”は、黒髪の少女は、私を睨みつけて言ったのだ。

 記録は、ところどころ欠損しているようで、肝心なところが抜けている。
 その少女の名前と顔にさえ、靄(もや)がかかっている。

 多分、私が淡々とこなす“機械”に成り下ったせいで、“記録”がうまく機能しなくっているのだろう。
 そうなっても、今の私には特に不自由を感じないわけなのだが……。

 …………断片的な、壊れかかったその少女とのやりとりの記録は続く――。

『――下の掃除、お願い。アンタが散らかしたんだから、責任もってキレイにしといてね』

 英霊にもなったこの身が、いくら掃除屋を自認しているからといっても本当に掃除をさせられるとは思いもしなかった。

 相当頭にきた、と言うより……ショックだったんだろう、私は。誇りとか、威厳とか、存在意義とか色々なことを真剣に振り返るほどに。

 ……それにしても、と自己嫌悪に陥る。
 結局、罵詈雑言とともに部屋の掃除をしていたとは、我ながら情けない。

 そして、もっと情けないのが、掃除をしていていつしか夢中になっていたことだ。
 ……悲しき長年の習慣である。

 でも、やはり記録は……記録でしかない。

 何のことやら実感が湧かない。
 己が体感したものでなければ、いくら自分である者が体感したことでも今の私には他人事でしかない。

『――うるさーい!
 いい、アンタはわたしのサーヴァント! なら、わたしの言い分に絶対服従ってもんでしょうーーー!』

 ……まったく、好き勝手に言ってくれたものだ。
 その無茶な言動に振り回されて、ずいぶんと苦労させられたというのに……。

『それでは――と。……ああ、この響きは実に君に似合っている』
『――――う、うるさいっ! いいからさっさと行くわよ――――!
 と、とにかくのんびりしている暇なんてはないんだから……!』

 ……不思議だ。
 名前も思い出せず、顔も定かじゃないその少女とのやりとりに頬が緩んでしまうのを自覚する。

 いくらそれが、なぜだか温かいと感じたとしても、なぜだか懐かしく感じてしまうのも、……それは、きっと気のせいなんだろう。

 ……余分なことを考えすぎた。

 今は、そんなことを考えている場合じゃない。
 実際には瞬くほどの時間の感慨でしかなかったが、意識を切り替えて眼下を眺める。

 眼下は、昼間のように明るい。

 ――――朱(あか)い満月の夜、繰り広げられる月下祭。

 どこまでも広がる焔(ほむら)の稲穂は、黒煙と灰を実に結ぶ。
 その身を燃やして踊り狂うは、影絵の群れ。
 祭囃子(まつりばやし)は、助けを請う絶叫に悲鳴。

 でも、その影絵は踊りに疲れて地面に沈む。
 魔王に捧げるのであれば、最高の供儀(くぎ)であろう禍々しき祭りに、終わりはない。

 酷い。やはり酷い。
 ぎりりっ、と自然に奥歯を噛み締める。

 ここは、地獄だ。
 上空という景観からか、その様がよくわかる。視力が良いのが幸いして、見たくもないものまでまざまざと見せつけられる。

 一つの町が、焼け落ちようとしている。

 燃え尽き、倒壊した家屋は数え切れない。累々と横たわる“ヒト”に似た“ナニ”か。
 この辺り一帯は、すでに血と死に満ちた灼熱の地獄と化している。

 もはや人の世界ではなく、異界と言っていい。
 この地に流された血と、死によってもたらされた怨嗟が“場”となり、水蒸気のように体感できるほどの“大源”(マナ)に満ちて、擬似的な魔界となっている。

 ――――キケン、キケン、キケン、キケン、キケン、キケン!!!

 その世界の住人であるアレを見た瞬間から、体は恐怖によって寒気を、心は猛りによって灼熱する。

 地面のいたるところから、ドロリとした黒い泥のようなものが湧き出していた。
 ヒトの形を模したアレは、プルプルと揺れて――口も無いのにケタケタ哂っているようにさえ見える。

 それは、あっという間の出来事――。

 火中に逃げ惑う人達を見つけては、アレは津波のごとく襲い掛かる。
 それが津波なら、その速度も津波だ。とうてい人間に避けられるものじゃない。
 だから、アレに狙われた人間のたどる末路は、例外なくアレに呑まれるということ。

 人間を取り込んだアレは繭(まゆ)のようになり、血を吸った蚊の腹ように大きく赤く染まる。
 それも束の間のことで、激しい脈動が収まるとアレは嚥下するかのごとく一度大きく蠕動(しゅんどう)し、元の黒々としたモノに変わる。
 やがてアレは、ゆっくりと二つに裂けて……“二人分”のヒトガタの泥になる。

 ケタケタと哂うざわめきと、悲鳴が大きくなったのは言うまでもない。

「……馬鹿者が。呼んではならぬモノを呼んだな」
 自然と口から漏れた。

 もはや手遅れ。
 完全ではないものの、アレは実体を持った第六架空要素――“悪魔”のなりそこないに違いなかった。

 “天使”と“悪魔”は、“善”と“悪”の両極に立ち、人を超越した存在だ。

 彼らは“善”と“悪”の両極に立つが故に、人を律して導き、堕落させて罰する側の存在であり、それは本来人の目に触れず現象として力を揮うだけである。
 そうした存在が、人の世界において実体化するとなると、彼らはその役割を体現する存在となる。
 彼らは、あらゆる意味で純粋。その役割に従い――そう、この呼んではならぬモノは、人に驕り高ぶらせないようにするという意味の側面をもって、ただ破壊と災いをもたらす。

 そのようなモノなど天災と同じ。
 もとより人を超越したアレは、人の手に余る。それを役割にしているアレならば、たやすく人の世界を呑み尽くそう。

 守護者が呼ばれるのは、こうした人の業によって人の世界に脅威となったモノが現れた時だ。すでに誰も救うべき者もなく、この惨状を救える者もいなくなった、この死地にだ。
 そして、速やかに霊長の存続にとっての脅威を力ずくで排除するのが、何回も繰り返されてきた守護者である私の役目。

 ……それを、自覚したせいだろう。

「……くっ」
 多少の頭痛を伴い、頭に自分の知らないことが、流れ込んでくる。
 世界と繋がっている私は、このようになった背景を無理矢理汲み取らされている。

「……ここも、そう……なのか」
 更に、奥歯を噛み締めてしまう。

 ――――このような地獄も、よくある話。

 抑圧され、奪われ続けた人間達が、我が身を守るために抵抗しただけだったんだから。

 そうした者達が本気で抵抗を始めたら、双方とも相手を打倒せんとする血みどろの抗争になる。
 ……そうした不幸な例なら世界の至る所にあったし、実際にそれを見てきて、その当事者になったこともある。

 ただ、抵抗の手段に、刃物や銃、爆弾なんてものを使わず、魔術――そんなものにすがるほど追い詰められてしまっていたのか、それを用いてしまったことが、この惨劇の始まりだったのだろう。

 幸か、不幸か。
 この地は積年の怨念が積もり“場”としてふさわしく、召還に臨んだ者がそれだけの素養を持ち、その召喚に応えたモノが呼んではならぬモノだっただけのこと。

 本来、誰しもが与えられているはずの“生きる”権利。
 それを守るために、侵略者を殺す形で達成されたはず……だった。
 その等価が、我が身を滅ぼすことになってしまったというのは、皮肉と言うほかない……。



『助けたい、……、…………』

「……?」
 風の音に混じって、この耳に飛び込んできたのは何かの空耳か。

『助けたい、みんなを、…………!』

 いや、聞き間違いじゃなかった。
 あまりに真っ直ぐな声。切実で、純真な響きをもった声。
 自然と視線は、そちらに向けられる。

「っ!?」
 視覚が、痛みを覚えるほどの歪みを発見する。

 間違いなく、……アレの本体。

 黒いローブを纏ったアレは、間違いなくこの地獄の元凶に他ならない。
 今もそのローブの下からは、あのヒトガタの泥を吐き続け、この地を汚している。

 その傍らには少年が、一人。
 アレはゆっくりとではあるが、その少年に近づき触手めいたものを伸ばそうとしている。
 一目で、命の危機に晒されていることがわかる。

『助けたい、みんなを、僕は“正義の味方”なんだから!』

 ……驚いた。
 これほどの地獄に晒されてもなお己を失わず、今まさに命尽きようとする時に、己よりも他を救おうとする願いは、強い意志だった。

 驚いたのは、他でもない。
 かつて、私はそれと同じ願い――意志を胸にしていたこともあったからだ。

 ――――不意に、無骨な剣戟の音が聞こえた。

 それが、きっかけになったのか、かつての誓いを思い出す。

 いつ、それを誓ったのかよく思いだせない。
 誰に、それを誓ったのかもよく思いだせない。
 どうして、それを誓ったのかもよく思いだせない。

 ……でも、その誓いだけはこうして胸に――心に残っている。

 ――――『誰もが傷つかないで、苦しまない世界にすること』

 その少年の願いと意志は、この地獄の前ではあまりに小さく儚い。
 ……けれど、それは何と尊く、美しい願いであることか。

 その奇跡に、私は……オレは召還された。

 ――――ならば、オレがするべきことはひとつ!


「――I am the of my sword.(体は剣でできている)」

 瞑想し、もはや自身と一体と化した呪文を紡ぐ。

「――Steel is my body, and fire is my blood.(血潮は鉄で、心は硝子)」

 英霊となったこの身は、すでに雷などといった自然現象と同じ。

「――I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗)」

 雷が、天と地の間を駆け抜けるように、このオレ……錬鉄の英霊エミヤが行うことは、己の心である剣を生み出すこと。

「――Unknown to Death, Nor known life.(ただの一度も敗走はなく、ただの一度も理解されない)」

 オレにはこの地獄を無かったことに、ここのみんなが平和に暮らしていた頃のように元通りにすることなんてできない。

「――Have withstood pain to create many weapons.(彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う)」

 これから助けようとするもの、既に命を無くしたものために、これから殺めようとするものから決して目をそらさない。

「――Yet, those hands will never hold anything.(故に、生涯に意味はなく)」

 ……そう、オレにできることは、この地に満ちる悲しみ、無念を背負うことぐらいしかできないんだから……!

「――So as I pray, “unlimited blade works”.(その体は、きっと剣でできていた)」




 ――――血のように朱(あか)い満月の夜、僕は“正義の味方”に出会った……。


『――その心意気は認めるが、今はどいていろ』

 そんな響きが聞こえて、空を、中天を見上げる。

 今夜は、満月。
 星空に、魔王みたいに君臨している血のように朱(あか)い魔の月。

 月は、“異界の門”と教えられたことがあるのを思い出す。
 ……それは、本当のことだったんだ。

「なっ……!?」
 だって、だって……、本当にありえないものが、見えてしまっている。

 街を燃やし尽くす火から立ち上る熱気と煙で、星は揺らいで霞んでいるはずなのに。
 でも、見上げた星空の光は、瞬くこともなく地表に真っ直ぐ降り注いでくる。
 錯覚ではなく、本当に隕石かと思った。

 そして、星の光は、真実閃光となってヒトガタの泥だけを容赦なく串刺しにしていく。

 その凄まじさは、周囲一帯を砂煙に包んで、燃え盛っていた炎までいっしょに吹き飛ばしかねない。
 その轟音と爆風に耐えながら、周囲を見る。

 天から降り注ぐ星の数ほどの閃光は、まるで豪雨。

 それが、街全体を覆うように降り注いでいる。
 串刺しにされたヒトガタの泥達は声にならない苦悶の断末魔をあげて、実体を無くすように呆気なく消えていく。

 その閃光の正体は――剣。

 謂れはわからない。けれど、地面に突き立つ無数の剣、その全てが聖剣魔剣の類いのものなのだと、剣自身が訴えている。

 やがて、その降り注ぐ剣の豪雨が収まる。
 視界を遮る砂埃も、ごうっと吹いた風に振り払われる。
 ヒトガタの泥が一掃されたたことで、辺りに満ちていた怖気も軽くなる。

 ……ぉぉおお……!!!

 けど、不気味な低い唸り声は、地面を……世界を震わせ、再び地獄に逆戻りにしてしまう。
 今の星の光――剣の雨に晒され貫かれながらも、この悪夢の元凶たる“アイツ”だけは生き残っていた。

 黒い外套の下から、タールじみた泥を吐き出し、地面を汚し続けるアイツ。
 その外套から伸びる触手はのたうち回り、苦悶の雄叫びを上げる。その雄叫びは、その無数のヒトの一部だったものが発している。

『……ここはどこぉ……』
『……痛いぃ……』
『……戻してくれぇ……』
『……苦しいよぉ……』

 口々に訴え続けて、助けを求めている街の人達だったモノタチ……。
 僕は逃げ回りながら、その声をずっと聞いていた。

 ――――……アイツは、“悪夢”のような“悪魔”。

 この街に、報復という名の“悪魔”が降臨したのは、ほんの数十分前のこと。
 もっとも、その前からこの街は、“地獄”になってはいた。

 穏やかな眠りに落ちていたこの街の夜は、一つの爆音で破られた。
 それから続く砲撃音、立て続けに聞こえる機関銃、悲鳴と断末魔が響き渡る“人の地獄”になってしまった。

『…………きえちゃえ!!!』

 アイツは、誕生の産声から今も絶叫している。

 その絶叫は頭の奥に、重くずんと響いてくる。
 行き所のないアイツの無念の咆哮は、街の人だった人達のもので――。

『――ねぇ、何で生きているの?』

 アイツの無垢な瞳達が、僕に問う。

「……くっ」
 アイツ――見捨ててきた人達を前に、僕は息を飲む。

 ――――“正義の味方”になると決めた。

 街の人達に、「“正義の味方”になって、みんなを守るんだ」と僕は言った。

 ……言ったのに。
 みんなを守ると言ったのに。
 ……約束したのに、何もできなかった。

 みんなを助けることができなかった僕には、なんて答えればいいんだろう?
 情けなくて、悔しくて、そして、怖い……。

 怖いのは、みんなを見捨てたこと。

 アイツに呑まれていった、みんなの僕を見つめる目が怖かった。
 “正義の味方”になるとウソをついた僕を、決して許してくれないと思った。

 ……それが怖い、はずなのに――。

『――逃げろ』

 そう言って、みんなは僕を守って逃がしてくれた。
 守ってくれたのは、僕がまだ子供だったから。
 何より、そんなみんなを怖いと思ってしまった、僕の心の弱さが怖かった。

 怖くて、怖くて、僕は逃げる。
 みんなの助けを求める声を、全て振り払って逃げる。

 逃げて、逃げて、逃げ続けた。
 生きて、生きて、必ず生き延びる。
 急いで、もっと急いで、生きてこの街から出なくちゃいけない。

 まだ、助けられる人が生きている内に、早くだ。

 ――――自分で助けれなれば、助けてくれる誰かを呼ぶために!!!

 正気を保っていられたのは、僕にはその希望があったから。
 その“奇跡のような願い”にすがるしか、正気なんて保てやしなかった。

『……同じに、なりましょう?』

 あの瞳達を見ていると、そうするのが良いことだって思えてくる。
 正直、アイツの言葉に従ってしまえば楽になれると思う。

 けど、僕はみんなを助けたくて――。

「――!?」
 一瞬、気が遠くなりかけた時、アイツの視線から僕を守るように赤いモノが遮る。

「――気持ちはわかる。……が、他人に当たるのは筋違いだろう」
 それが、先程見た月からありえないもの――人が、それこそ音もなく天使のように降り立って僕とアイツとの間に立った。

「……ぁ、あぁ、……」
 ……何だか、可笑しい。

 もう、吐息みたいな声しか出なかった。
 煙と熱気に喉でやられていたから、声が出せない。

「……はは、ぁは……はは」
 疲れきっていて、ボロボロになっていても、笑うことだけはできると、今わかったのが、本当に可笑しかった。

 …………信じられない。
 でも、現実に起きているなら認めないといけない。

 無数の剣が降り注いでヒトガタの泥を消滅させ、月からその救い手が降り立つ。

 ――――僕では起こせなくて願った、“奇跡”。

 そして、次に起きたことは、“魔法”だと思った。

 その人の足元から、炎が円冠状に広がる。
 爆風のように広がる炎からは誰も逃れることはできず、一瞬にしてアイツを含め僕をも包み込んでしまう。

 熱くはなかったと思う。
 けど、僕は思わず目を瞑ってしまっていた。

 逆に、その炎が通り過ぎた時から、あれだけ熱かった炎の熱気を感じない。
 砂気を含んだ強い風を頬に感じて、恐る恐る目を開ける。

 ――――世界が、ナニかで塗り替えられていた。

 空にはギギ、と不気味な音を立てながら回る歯車。
 縦横に走るひび割れた地面から、溶岩のごとく噴出する熱くない幻の炎。
 乾いた砂を巻き上げる強い風。
 命の息吹が何も感じられない、ここは荒涼とした剣の墓標が並ぶ荒野。

 アイツもこの世界に戸惑っているのか、それとも目の前に立つ男を恐れているのか、じりじりと後退する。
 この世界において悠然と立っていられるのは、あの人だけ。

「――、――――」
 呼吸が荒くて、こみ上げてくるものがある。
 この全身を砕きかねない強い憧れが、止まらない。

 燃えるような赤い外套を纏った長身の男の人。
 その人は後ろを振り返り、一度だけ僕を一瞥する。
 後は任せろ、とその横顔は語っていた。

 浅黒い肌をしたこの人は白髪だったけれど、僕から見ればお兄さんといった感じ。

 僕はその背中を見たときから、もう目を離すことができなくなっていた。
 立ち上がって、歩くことができない今の自分が恨めしい。

 そうすることができたなら、歩き出したあの人の後についていけるのに。
 誇らしく、いつかあの人の隣に、立てることができるように……。

 いつの間にか、あの人の両手には無骨な黒と白の短剣が握られていた。
 間合いに入ったのか、あの人はアイツを見据えて対峙する。

 それだけで、世界は一変する。
 あの人から放たれるモノは、剣が持つただ在るだけで他を圧倒する研ぎ澄まされた刃の輝きそのもの。

 そして、この世界の剣全てが唸りを上げて唱和する。

 ――――我を持て、敵を討て、と。

 その圧力に耐えかねたのだろう、アイツはブルブルと狂ったように震え出す。
 それが最高潮に達した時、アイツは一瞬の平静を取り戻す。そのすぐ後、触手を全身から迸(ほとばし)らせる。

 まるで、おとぎ話の妖木。

 世界を覆いつくさんばかりに伸ばされた枝は、その全てがあの人に向けられて濁流のように伸びていく。

 ――――その瞬間、あの人は閃光になった!

「ぉおおおおおおお!!!」
 見ていた僕の体までアツくなるような咆哮をあげて、あの人はアイツに向かっていく。

 それを見て、安心してしまった。
 ……あぁ、きっと、あの人は負けない。

 アイツは“人間”じゃ勝てないけれど、あの人なら勝てる。
 だって、あの人も“人間”を超越したモノだから。
 あの人は、“理想”。

 “願い”を体現する、“理想”なんだから――。



 目の前には、人が割って入ることのできない次元の戦い、神代(かみよ)の戦争が始まった。

 僕はその光景に、ただただ圧倒される。

 全身鳥肌が立って、すごく興奮している。
 正直、両腕で体を押さえつけていないと壊れてしまいそうだ。

 全方位、致死的、無尽蔵、すべての法則を無視して熾烈さを増していくアイツの攻撃に、あの人はもはや僕の目に追える速度を越えて加速していく。

 何度も見失う。
 それでも、あの人の後ろ姿だけを、ただ必死に目で追いかける。
 目をそらすことなんて、できない。

 幾度もなく折れる、剣。
 貪(むさぼ)られる、足。
 砕かれる、腕。
 焼かれる、肌。
 抉(えぐ)られ、穿(うが)たれる、体。
 怨嗟(えんさ)の慟哭(どうこく)に凍てつく、心。

 ――――そんなにもなっても、あの人は前進を止めない。

 あの人は、その歩みが止まりそうになるたびに咆哮をあげる。
 負けぬ、と魂で戦っているのだと思う。

 きっと、あの人にとってアイツは倒すべき敵なんかじゃない。
 あの人が戦っているのは、己自身。
 その姿は、遥か遠くを目指して走り続けているよう見えて高潔だった。

 ……その姿は、いつしか滲んできた。

 滲むのは当然。
 僕は、思わず涙していたんだから。

「あ……、あぁぁ、僕は、僕は……」
 涙してしまう、この感情はなんだろう?
 こうして、力のカケラも残っていない手で地面を掻き毟るこの気持ちは……?

 憧憬、嫉妬、歓喜、恐怖、希望、絶望、痛み、同情、無力感、悲しみ、怒り、寂寥?

 ……ぐるぐる回って、もう自分でもよくわからない。
 けれど、僕は切なくなるぐらいに感動しているんだと思う。

 悔しくなるぐらいに、あの人は僕の目指すもの。

 その姿は、とても頼もしい。
 ……でも、同時に寂しそうに見えるのは、なぜなんだろう。
 涙で滲んだ視界のすみに、透明に光るもの――剣戟の火花か、それともあの人の涙か、それが見えてしまったせいだろうか。

 ……錯覚だったのかもしれない。
 あの人が涙するような理由は、僕にはわからない。

 あの人の背中が寂しそうに見える理由もわからなかったけれど、あの人は僕ができなかったことを奇跡として起した“憧れ”そのもの。

 ――――そう、僕には、あの人が“正義の味方”に見えたんだ……。



<履歴>
掲載日:2005/10/03
投稿日:2004/08/08

用語説明


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  ようこそ、いらっしゃいました。
 運営者“White Snow”は、いつでも歓迎します。

 最近は時間的に、コメント、メールに対してお返事することが難しくなっております。
 ……申し訳ありません。

(最終更新日:2007/03/26)

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