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*第一章 第四節 『訪れる予兆』

○『Fate/エミヤを継ぐ者』:
 第一章 その背中を見つめて
  ~第四節 訪れる予兆~


作者:White Snow

 冬木市は、その西方を柳洞寺がある円蔵山を中心とする山並みのせいで日没は夏と言っても早い。

 海から反射する残照によって街全体は遅くまで明るいけれど、太陽はすでに山に隠れようとしているから周囲は朱色の時間。
 新緑が映えていた桜並木はオレンジ色に染まり、そこの間の朱色の道をわたしと士郎は並んで歩く。

「さよならー」
「また、あしたな」
「じゃなー」
 他の生徒の交わす挨拶が聞こえて、少し寂しくなる時間帯。

 会話は少ない。
 元々、士郎は寡黙な質だし、専らしゃべるのはわたしだから、わたしが黙っていると静かなものだ。

 それでも、気まずい感じはしない。
 学校でのコトを思い出して話題にするし、通り過ぎたお店のコト、雲の形が藤村先生や、セイバーの持っているライオンのぬいぐるみに似ているとか、そんなくだんないコトを時々話す。

 静かで穏やかなこのひと時は、これはこれで楽しくてわたしは好きなのだ。

「……も、もうすぐで夏休みだな」
 わたしの無言の視線に照れたのか、士郎はそれから逃れるように話題を振ってきた。

「――衛宮くんの場合、他の生徒と違って受験勉強ないけどね。けど、ただでさえへっぽこなんだから、法大や医大くらい目指す覚悟でいなさいよね」
 悪戯心が騒いで、士郎の言外にある浮ついた気持ちをわたしは一刀両断する。

 これに士郎は、「ほ、法大に、医大!?」と呻いた。

 これは、師匠として言うべきことは言っておかなければならないこと。
 本来であれば、士郎はその方面に行くよりも難しいところに行こうというのだ。彼本人の将来のためと、安全のためという意味では決してお勧めしていいところではない。

「……わ、わかってるって。ロンドンに行くんだから、それくらいは覚悟の上だ。
 でも、夏休みは助かるな、修行に専念できるし」
 そう言う士郎は、忙しい毎日を送っている。

 ――――衛宮士郎は、わたしと同じ魔術師…………の見習い。

 士郎は“剣”に特化した魔術使い――条件付だけれど魔術師のひとつの到達点である固有結界を扱えるのだけれど……、それ以外は本当にお粗末な素人。

 なにせ魔術師であるなら、最低限の常識すらも士郎は知らなかった。それを教えるべき師匠がいなかったことが大きいのだけれども。
 はっきり言って士郎の気質を考えても、彼はわたしたち魔術師と同じ昏い血の道を歩ませるには到底似合わない人間、陽の光を浴びながら平和に暮らしていくような人生が合っている。

 それなのに士郎自身が、こちら側へ――いや、もっと険しい道を歩もうとしている。

 その歩みを止めることはできないのは、聖杯戦争で百も承知している。
 正直に言えば、わたしは士郎が魔術行使できないように封印しようと考えたこともある。

 ――――でもそれは、士郎の戦う術と身を守る術を奪うだけ。

 士郎は、聖杯戦争の最中において自分のサーヴァント――セイバーを失った。

 それは聖杯戦争において、事実上の戦闘不能を意味する。
 魔術師と言ってもただの人間が、その人間を超越した英霊であるサーヴァントを連れた他のマスターに本来は敵うはずがない。
 そうなった時点でサーヴァントを失ったマスターが採るべき選択は、ただ死を待つか逃亡以外にない。

 それなのに、士郎は満足に戦うことさえできない身で、無謀にも聖杯戦争の渦中に在り続けた。

 その時に気がついたのだ。
 士郎は、魔術が使えなくなろうと、例えば腕が無くなろうとも、誰かを助けるために生きている限りそれを止めることはしないだろうということに。

 ――――時々、嫌な想像をする。

 隣で、むぅ~と夕飯に悩むようなコイツが、笑顔を浮かべたまま傷だらけで死地に歩いていってしまう姿を幻視してしまう。

「? どうしたんだ?」
「……ううん、なんでもない」
 その度に身が凍りそうな思いに捕らわれて、士郎の服の袖をつかんでしまうこともしばしば。

 この想像は、決して的外れなことではない。
 士郎の場合、明日、今日にも、次の瞬間にでも有り得るような未来なのだ。

 こんな大馬鹿者を、放っておけるワケがない。
 わたしにできることは、無駄に命を散らさなくても済むように士郎が望むように強くすることぐらい。

 そのためにも見識を広め、魔術を極める意味でも時計塔に行くのは悪いことではない。

 何よりわたしが士郎と別れたくないと思っているのだ。だから連れて行く。本人の了承もとっているから問題ない……はずだ。

 ――――だから、そう……、わたしにできるのはそれを手助けすることだけ。

「??? わからない」

「いいのよ。わからないなら、わかるまでその頭に焼きこんであげるから♪」
「……遠坂サン、怒らないで聞いていただけないでしょうか?」
「はい、何かしら、衛宮くん?」
「最初から……お願いします」
 と、魔術の基礎理論を目の前にして子犬のように弱り果て小首を傾げる弟子の頭に、夢にうなされるほど一から基礎を叩き込んで――。


「……また、やっちまった」

「できるまでは、休みはないからね」
「…………セイバーの食事はどうするんだ?」
「さぁ? それまでに終わるといいわね♪」
「ト、トレース・オン!!!」
 と、魔術の実践でガラクタの山を築いて呆然とする弟子に、背水の陣で条件反射になるまで体に覚えさせて――。


「アイ・キャン・ノット・スピーク・イングリッシュ?(ボクは英語はしゃべれないの……かな?)」

「……Oh, my god!(……おお、神よ!)」
「……Shit! You, is it saying seriously?(……チッ! アンタ、本気で言ってる?)」
「いや、よくわからないが、藤ねぇが英語で話しかけられてわからなくなったら、こう言えばいいと」
 と、セイバーとわたしの“English”に挟まれワケわかんないコトを口走る弟子に、セイバーとともに良い子のための英会話をみっちり仕込むことぐらい……。


 士郎の魔術の才能の無さはよくわかっている。

 頭もそんなに悪くなくて、努力家なのに魔術に関してだけは不器用ということは理解している。それはいい。それはいいのだ。覚悟していたことだ。

 と、言うより、士郎。
 その英語はナニ!? カタコト? しかも何で否定文なのにギモンケイ? 言っていることに自信を持て! 意味は、一応合っている。
 それにしても、一体何を教えていたのか、英語教師藤村大河!

 ……いけない。思わず叫ばずにはいられなかったらしい。落ち着け、わたし。深呼吸だ。
 遠坂凛、あなたは優秀な魔術師なんだから……。

 ……よし、落ち着いた。
 落ち着いたから、もっと前向きに考えよう、うん。
 魔術師は、合理的に建設的に思考を育むものなのだ。むしろ、そう考えなきゃ話が進まないし……。

 この他にも士郎は、セイバー曰く「ただの稽古です」という真剣勝負さながらの打ち合いや、ロンドンでの生活費を稼ぐためにアルバイトもがんばっている。

 そんな苦行のような生活を送っている士郎は、逞しく健やかに育っている。

「……呆れるぐらいタフね、よくよく考えると」
 しみじみと呟いてしまった。

 その上、セイバーの現界のための……協力も、してもらっていたんだから。

「ん? 何か言ったか?」
 聞こえてしまっていたのか、士郎は小首を傾げてこちらの言葉を聞きなおす。

「! 言ってない。なーんにも、言ってない!」
「……そ、そうか?」
 昨夜のことを思い出してしまって、必死にごまかす。

 英霊であるセイバーを現界(げんかい)させることは、わたしの予想以上に困難だった。
 砂漠に絶えず水を流し込んで、泉を維持しているような……そんなイメージ。
 はっきり言って、セイバーを維持するだけでわたしの魔力は底をついちゃうほど。

 そのために士郎から魔力提供を受けていたのだけれど……。

 ――――士郎の協力。

 士郎からの魔力提供を受けるため、セイバーのためという免罪符をもってわたしは士郎に……抱かれていたのだけれど。

 わたしにしてみれば、ホントはただ恥ずかしいから抱いてもらう理由でもあったのだけれど、士郎にとって名目はどうあれ義務めいたものに気を病んでいた。
 だから、わたしもその名目抜きで触れ合いたかったし、士郎を導くべきわたしが満足な魔術行使もままならないのでは話にならなかったことでもあるし。

 …………いささか不純な理由ではあったけど。
 わたしは魔術師で、不可能を可能にするのがわたしの信条だし、何とかしましたとも。我ながら、力づくな気がしないでもない。

 そんなワケで、何も気を病むことはなくなって士郎とは、時々ゴロゴロニャンニャンなコトに……。

 いけない、いけない。また、思い出してしまった。ピンク色の情景は、今はアウト。わたしが、アウトと言ったら絶対にアウトなのだ!

 ……と、とにかく、今のわたしなら士郎の協力がなくてもセイバーの維持ぐらいなら問題ない。

 条件さえそろっていれば、セイバーに聖杯のバックアップがあった頃のように全力戦闘状態を十数分維持可能だし、わたし自身の魔術行使も行える。
 サーヴァントの切り札とも言えるセイバーの宝具も、一回ぐらいなら余力を残して使用可能なぐらいには魔力提供できる。

 それはそれとして、士郎からの協力が完全になくなったというわけでもない。
 今のわたしと士郎は、魔術師と使い魔の関係に似た繋がりを持っている。

 ――――霊脈の共有。

 決定権はわたしの方にあるけれど水門で調整するように、わたしの魔力が低下すれば士郎から魔力が流れ込み、士郎の魔力が低下すればわたしからの魔力が流れ込む双方向関係にある。

 まさに運命共同体。

 なにせ、セイバーの魔力消費量はハンパではない。わたしの魔力がいつ尽きるとも限らないから、その予防策。
 それとこれは、士郎一人では起動できない固有結界の封印の意味合いもある。

 士郎の魔術は、自身の心を世界に映し出す、ただそれだけの魔術。

 ――――されど、魔術の一つの到達点である固有結界。

 士郎の魔術がその唯一だとしても、士郎が単独でその世界を構築できないのなら、それは彼にとって未だ届かぬ神秘。
 それを使うとなれば、士郎は無理をすることになる。下手をすれば、廃人になりかねない危険が孕んでいる。

 それと、固有結界は術者の心象風景を世界に具現させるものだから、人の心が十人十色であるようにその術者だけのモノ。
 言わば再現できない魔術の完成形であるため、魔術協会に見つかったら一発で封印指定扱いされる。

 だから、無闇やたらとホイホイ使っていいものではない。
 これに関しては、耳ダコができるまで言い含めておかないと士郎は己の危険を顧みずに、その禁術を使ってしまうことになるだろう。

 時計塔とは魔術の保存のために、士郎を冷凍保存しかねない危険な場所でもある。

「……遠坂、本当に大丈夫か? 何か、ヘンだぞ」
「――だ、大丈夫よ!
 だ・か・ら、修行は死ぬ気でがんばんなさい。時計塔は腹黒い連中の巣よ、なめられたら丸ごと食べられちゃうんだから!」
 わたしが昨夜のことからまだ復帰できていないことへの士郎の追求を、顔を赤くしながらもどうでもいいことでごまかす。

 ……そう、そんなことはどうでもいいことだ。

 士郎はいつでも一生懸命にがんばっているのだ。それに異論を挟む気は更々無い。
 それに時計塔で士郎が危険な立場になったのなら、世界を敵に回したって守るだけなんだから。

「そうだよな。俺、もっとがんばんないとな」
 ぐぐっ、と拳を固めて心意気を新たにする士郎。
 それがいかにも士郎らしくて、それでこちらはいつものペースを取り戻すことができた。

「――そうそう。夏休みに遊びに行くのは、士郎の修行の成果のいかんにかかっているんだからね」
「……何だよ、それは? 遠坂は、遊びに行きたいのか?」
「当然でしょ? うら若き青春を修行だけで終わらせるなんて、ナンセンスよ。
 息抜きを兼ねて、遊ばなくてどうするの。それでこそ、明日をがんばれるってものじゃない」
 同意を求めるように、わたしは笑ってみせる。

「……参った。遠坂、今年の夏は覚悟してろ。どっか面白いところに連れて行ってやるからな」
「覚悟と期待、してるわ。ちゃんと男らしくエスコートできるか、採点してあげるからね♪」
「…………善処する」
 渋面になった士郎は、すでにエンスト寸前の様子。

 士郎のコトだから、気持ちのこもった思い出になることは間違いなさそう。
 まぁ、多少ポカしても、それはそれでからかうことができて楽しいから良しとしよう。

「シロウ! 凛!」
 交差点に差し掛かる時、鈴の鳴るような声に呼ばれた。

 その声の方を見れば、見間違えるはずがない。
 真白なワンピースに、麦わら帽子被った可憐な少女――セイバーが手を振っていた。

 猫と戯れながら待っていたんだろう、セイバーの足にはたくさんの猫がじゃれついていた。

「……セイバーは、ああしてるのがよく似合うな」
「……そうね」
 その情景は、平和そのものの。

 わたしと士郎はお互いに笑いあって、笑顔で迎えてくれるセイバーに手を振り返す。

「わわっ! ちょっと、士郎!?」
「急ぐぞ、遠坂!」
 わたしの手を急に繋いで、セイバーの方に駆け出す士郎。

 ――――士郎の背中が見える。

 以前なら、わたしが士郎を引っ張っていくことが多かったけれど、時々その立場が逆転してしまうこともある。

 士郎の背中はいつの間にか、大きく広くなっていた。
 この背中に守られるような日が、遠くて近い未来になるかもしれない。

 それまでは、わたしが士郎を導いて守っていくことを考えると大変そうだけど、でも、やっぱりそうじゃない。
 わたしは、士郎と共に生きることを選んだんだし、士郎もわたしと生きていくことを選んでくれた。

 なら、その期待には応えないといけない。

 それにわたしは、独りじゃない。
 当の士郎もいっしょだし、あの通り可憐で心強い天下無敵のセイバーもいる。

 ――――この先、わたし達三人なら何があっても大丈夫だと断言できる!



 商店街の方に買出しに行った二人と別れ、わたしは交差点からバスに乗り込み新都方面へ。
 駅前パークについてから、教会までは徒歩。バスに揺られて徒歩の時間も合わせると、その行程は三十分ほど。

 新都郊外の丘の上にある、教会。
 その扉の前に立ち、わたしは深呼吸する。

「――よし、行きますか」
 気合を入れていかないといけない。これからのわたしは、魔術師なのだから。

「神父、来たわ」
 わたしは、軋む扉を開ける。

 中に入って視線を巡らせると、教会の中は灯りがつけられているにも関らず薄暗く感じる。

 あいかわらずこの教会は重苦しい雰囲気のままで、言峰がいた時と変わらない。
 多分、この先ここはこうなんだろう。

 ――――冬木市の誇る、霊脈。

 ここは、聖杯の召喚の地の一つ。
 この世に在らざる聖杯を呼び寄せることができるこの霊地は、純粋な魔力である大源(マナ)が泉のごとく湧き出し、無念の情念と混ざり合って異界の境界にでもいるみたい。

 ここの教会は聖なる清められた場所ではなく、人が立ち入ってはいけない“魔”の聖域と呼んだ方が正しい。

 その教会の主である神父は、十字架に向かい膝をついて祈りを捧げていた。

 その一心に祈る後姿は、端から見ていても声を掛けるのがためらわれるほど。
 いくらわたしが魔術師で、神を信じていない無宗派でも、その祈りを邪魔するほど礼儀知らずではない。

 ――――その姿は、誰かを思い出す。

 兄弟子で、父の死後には師となり、後見人でもあった言峰綺礼。

 出会った当初から、何考えてんだかわかんなくて、油断ならぬヤツと思い、気に入らなかった。
 師となった後も、その余裕に満ちた人を食ったような態度にますます気に入らなかった。

 そして、更に気に入らないことに、言峰は憎たらしいほどに師として優秀であった。

 魔術の神秘に通じ、“世の理”や“魔”の領域のこと、本来禁忌とされることも教え導かれた。
 問えば、必ず疑問に応え、わたしに更なる疑問を与えた。
 必要だろうと身を護る術(すべ)、癒す術、殺す術も、この身に刻みつけられた。
 自炊できるようにと、料理まで教えられた。……中華料理だけ、だったけど。

 あの神父は、迷いから救うのではなく、悩みや誘惑を与えてこちらを試す節があった。
 だから、エセ神父。
 そんな上等なモノじゃないけど言峰は、聖書の話における人間に堕落を勧めた蛇のようなヤツだった。

 幼かったあの頃のわたしは、父を失ったことも手伝って、言峰の鼻を明かしてやろうと修行に必死だったと思う。


「――遠坂凛。
 通例に倣い、遠坂家の魔術師であると、私、言峰綺礼がここに証を渡す」

「……驚き。アンタから、こんなものを渡されるなんて思いもよらなかった」
「気に入らんか? すでにそれは、おまえのものだ。気に入らないなら、捨てるなり、売るなり好きにすればいい」
「だ、誰が、“証”を売りに出すってのよっ! ……これは、ありがたくもらっておくわよ、フン」
「……そうか。好きにするといい」
「ふふ♪」
「嬉しそうだな」

「う、うるさいわね!」
「……そうか。では、今日の講義を始めるとしよう」

 わたしは、ここで言峰からアゾット剣を手渡されたんだっけ。

 あのアゾット剣は、わたしが曲りなりなりにも遠坂家の魔術師であると言峰から認められた“証”。
 まあ、あれはわたしが言峰に弟子入りした時の記念品みたいなものだ。

 結局、言峰は最期まで気に入らないヤツだった。

 言峰なんか信じてなかったけど、アイツは自分の師――わたしの父を殺し、わたしを騙し続け、わたしを裏切って、自らの業によって身を滅ぼし、死んだ。

 そんな言峰も、祈る姿だけは、神を信じる者を体現していた気がする。
 神なんて鼻から信じてなさそうなあの言峰が、一体何を祈っていたのか今ではそれを知ることはできないのは、残念と言えば残念。

 しばしの間、そんな教会での思い出に浸る。


「――……アーメン」
 祈りを締めくくる、くもぐった声が聞こえ、回想が途切れた。

 本当にらしくない。
 言峰のコトなんかを、ふと懐かしく思えたことが本当にらしくない。
 以前は、言峰がいるからここには立ち寄りたくなかったのに、今はその言峰の記憶が甦るから立ち寄りたくないと思っている。

 まったく、死んだ後でも気に入らないヤツだと思う。

「……待たせてすまんな、遠坂殿」
 神父は立ち上がりこちらを振り返る。

 目尻が下がって愛想良く相好を崩すこの神父は、誰が見ても好々爺然としている。

 ちなみに神父は、日本に派遣されるだけあってイギリス国籍の日系らしい。日本人らしい風貌の中に、髪や目が少し赤味帯びているのはその異国の血のせい。
 ご近所のマダムに人気があるらしいこの神父、若かりし頃は甘いマスクで、さぞや若い娘の視線を集めたんじゃなかろうか、と思うほど今は渋いジイサンである。

 でも、それはこの神父の本当の姿ではない。

 すでに老齢のはずなのに、髪や眉もわずかに白いものが混じっているだけだし、その肌の色艶は健康そのもので、真っ直ぐに伸ばされた背筋とその高さは堂々たるもの。
 動作も、機敏なのは当然。ゆったりとした神父服でさえ、極限まで鍛え上げられた肉体を完全に隠しきれていない。

 にこやかに好好爺を装い人畜無害に見せて、代行者としての非情なる顔を隠すこの神父は、長年の経験を積んだ老獪という狸。

「いいのよ、神父は祈るのが仕事だもの。で、何に祈っていたのか、訊いてもいいかしら?」
 言峰のことがあったから、ふと湧いた疑問をぶつけてみた。

 答えが返ってくるとは期待せず、いつものように、ワハハと笑って「内緒♪」とでも返すことを予想していたら――。

「――ふむ。この地で犠牲になった者達に、祈りを。
 私のこれからの生涯は、この地での鎮魂に捧げていくのじゃろうと思うよ」
 神父は年相応の、老いを感じさせる翳りを見せながら言う。

「……私ってば、カッコいい?」
 でもすぐに、ムフフと笑う神父は、いつもの狸神父だった。

「バッカじゃないの」
 少し感動したわたしが馬鹿だった。

「寒い笑いなら、若手のお笑いで足りてるわ。そんな用なら、わたし帰る」
「……今日はいつもの仕事の依頼ではない。帰らんでくれたまえ、遠坂殿」
 すでに出口に足を向けていたわたしに、この狸な神父はしれっと言う。

「……それを先に言いなさい。
 そう、管理者(セカンド・オーナー)としての話ね? いいわ、聞かせて」
 いつもの仕事ではないと聞いて、わたしの感情はそれで抑えられ気が引き締められた。

「――では、場所を変えよう。ここは聖なる祈りの場所。世俗の話は、奥でするとしよう」
 あの言峰と同じく祈りの場所を大切にしているらしい神父は、わたしに背中を向けて教会の奥へと誘うのだった……。



 奥へと続く通路で、神父はこちらを一瞥する。

「――そういえば、今日はセイバー殿はおられぬのかな?」
「そうよ。あの子も忙しいから。何、今日の話はセイバーがいないと駄目なの?」
「そう言う訳ではないが、少し残念だと思ってな……」
「?」
 ソファーに座るように勧められ、「しばし、待ってくれ」と言われ、その数分後。

 甘い匂いが鼻腔をくすぐり、目の前には紅茶とともに出されたモノ。
 これで、先程の神父の言った意味がわかった。
 確かに、セイバーがいたのなら喜んでいただろう。

 ――――ケーキ。

 女の子なら、歓声と、葛藤の呻きをあげるモノ。
 わたしとて甘味が好きな女の子。体重計が怖いので、週一に抑えているモノなのだが……。

 それを、目の前の神父は嬉しそうに食べている。
 もくもくと食べる。しかも、速いし。一心不乱だし。

 テーブルにはケーキが、所狭しと並べられている。

 そのテーブルの横に置かれた台車にも、無言の存在感を訴える最近できたばかりの洋菓子店のマスコットキャラであるメルヘン兄妹がプリントされた未知の箱の群れがある。

「まだ他にたくさんあるから、遠慮することはないぞ」
「……そーですか」
 クラクラして、蕩けそうな頭で相づちを打つことしかできない。

 これは台所に、ここにある数倍の在庫があると予想するべきだろうか?
 正直、数えるのがうんざりするほど。

 ――――ならば、人に数えることのできないのなら、それは無限と呼ばれるだろう。

 ……ふと脳裏に、別の、無限の世界がよぎっていく。

『いっしょにするな、凛』
 あ。アーチャーの疲れた顔が思い浮かんで、可笑しい。
 ありがとう、アーチャー。これでわたしのぶっ飛んだ意識は戻ってこれた。

 とにかく、目の前のケーキは、カロリー過多!

 神父、それは食べすぎ。目が回りそうになるぐらい、それは食べすぎというものだ。
 食べたくても、食べられない女の子の前でやっていい所業ではない。

 この狸神父、甘党だ。これでもかっ、というぐらいに大甘党だ!

 その様は、わたしのケーキの誘惑を断頭台のようにプッツリと断ち切るのに充分すぎる。
 ここに来ると、必ずといっていいほどお茶請けにケーキが出てきて、以前から怪しいと思っていたのだが。

 ……そうか。こやつも、言峰と同じ偏食家なのか。


「――教会は偏食の巣窟なのでね。意見が合わなくて抜けたのだ。
 特に『カレーは至高だ』などと抜かす愚か者とは反りが合わなくて、難儀したものだ」
 以前、言峰にどうして教会を抜けて協会に鞍替えしたのか、訊いた答えがこうだった。

 とは言え、泰山から出前を頼んで麻婆豆腐の大皿三つをハフハフ食べてる時点で、偏食をどうこう言う説得力はなかったが。

「冗談、よね?」
「冗談、だと思うか?」
 言峰は、ニヤリと笑った。一体、どっちなんだと腹を立てたが……。

 ……でも、結論は、これで出たも同然と考えるべきだろう。正直、知りたくはなかったけど。


「――食べないのかね?」
「……いらないわ」
 このむせ返るような甘い匂いが、胸焼けを起して食欲はすでにない。
 士郎が用意してくれている夕食が口に入るか、今は疑問。

 勧めたケーキが断られたことで、気まずくなったんだろう。

「さて、本題に入ろう」
 食べていたケーキを平らげて、山と積まれた皿の上に新たに重ねると、神父は表情を引き締めてわたしと向き直る。

「――その前に、神父。ほっぺに、クリームとチョコが」
「ぬ? すまん、少し待ってくれ」
 神父は懐からナプキンを取り出して、口の周りを拭く。

 本当に大丈夫だろうか、聖堂教会?
 こんな連中で、吸血種を中心とした“魔”に立ち向かえるのだろうか。いや、こんな連中だからこそ、立ち向かえることができるのかもしれないんだけど……。

「……ゴホン。では、いいかな?」
「……どうぞ」
 いい歳したジイサンが顔を赤らめるぐらいなら、食生活を改めて欲しいものだと思う。

「……街に異変が起きている」
 神父は語り出した。

 ――――恐らく、今回の事件となるべき、予兆を。

 コトが起きるのは、こうした平穏な日常に隠れて静かに進行しているものだから――。



「報道はされていないがね、最近、失踪者が大勢いる」
 いきなり穏やかでない話に、静かな教会の一室がそれに相応しいしばしの沈黙に支配される。

「……報道されないのは、そっちが圧力かけてる緘口令(かんこうれい)のせい? それとも、失踪してもおかしくない人達だから?」
「さすが、遠坂殿は話が早い。緘口令は、まだ出しておらんな。
 失踪者の多くは、いつ失踪してもおかしくないホームレスや、家出少年少女の類いだよ」
 いなくなっても、その行方を誰も気にも留められない人達……。

「――なるほどね。でも、そうした人達にも、いえ、そういう人達だから、余計に横の連帯が強いから、隠しきれるものではないわね」
「そうだ。私がこの教会を彼らの避難所にしていることもあって、入ってきた情報でもある。
 いやはや真面目に説法するものじゃな、これぞ神のお導き」
 この神父、意外と仕事熱心と感心する。

 教会と協会両方の関係者ということもあって、完全に信頼とはいかないが少し見直すことにしよう。

「ところで、遠坂殿も“拳で語り合う会”に入らんかね?
 いやいや、怪しくないぞ。真面目なボクシング同好会と思ってくれていい。君なら、講師待遇を約束しよう。いっしょに世界を目指さないかね?」
「……いえ、遠慮しとくわ」
 前言撤回。一体、何を説法していたのかこれでわかった気がする。

「――で、本当のところは、どこかの都会に行ったとか、実家に戻ったとか?
 神父、貴方なら当然、追跡調査ぐらいしているでしょ?」
 少し頭痛を覚えながら、話を進める。

「……それについて調べてみたら、失踪した者で実家に戻った者とわかったのは、ごくわずか。
 それで行方が掴めていないのが、ざっと三十人ほどじゃな。そのほとんどが、ある日を境に、そんな素振りを見せず誰の目に触れることなく、何の痕跡もないまま消えておる」
「何それ? 目撃情報一つないってこと?」
「更に、死体の一つも見つからんのでは、我ら向きの事件に巻き込まれた可能性があるじゃろうな」
「……我ら向き、の事件ね」
 死んでいるかもしれない事実に腹立たしさを覚えながら、冷静であろうと努めてソファーに深く腰掛け気を落ち着ける。

 人一人の存在を消すには大変な労力がいる。
 殺すだけなら簡単だけど、それが発見されないように後処理をするとなると話は別。

 不審な行動は目につきやすいし、それも三十人ぐらいの大勢となるとなお更のこと。
 この場合は普通でないこちらの盲点をついた方法で、後処理されていると考えられる。
 そんなことになると普通は警察が動くことになるだろうが、死体とか血痕とか、何らかの痕跡がないと基本的に彼らは動かないし、第一通報されることもない。

 だから、そうした痕跡を残さない方法、普通ではないわたし達“魔”の側に類する事件性の可能性がある。

「この町に吸血鬼の類いが来ていると?
 以前もそんな騒ぎがあったけど、フタを開ければ一般人の殺人鬼で、ボコッて警察に突き出したことがあったけどね」
 わたしからすると、殺人鬼も一般人と大差ないと考えてしまうあたり常識から外れている。

「教会の情報網には、日本に新たな吸血種の発生・侵入の情報は入ってきていないな」
 この手の情報は教会が一番信頼できる。
 なにせ、それ専門の機関であり、彼らは病的なまでに異端を排除しようと躍起になっているワケだし。

「近年では浸入どころか、日本から逃げ出す始末だがね」
「? どういうこと?」
 神父はなぜか目線をそらす。

「お恥ずかしながら、我らの同胞、埋葬機関の代行者が一人、日本に長期滞在中なのでね……」
「……な、何よ、戦争でもする気?」
 悪名高いその名は、言峰から聞かされたことがあった。

 ――――埋葬機関の代行者。

 単独で軍隊に匹敵する戦力と権限を持ち、神の御名において異端を消去する七人だけの選ばれた代行者からなる死神達。
 あの言峰も、その連中には遠く及ばないと告白したほどだ。
 でも、偏執と偏食の魔窟とかなんとか。

「……おまけと言ってはなんだが、いっしょに真祖の姫君もご滞在中なのだ」
「…………アハハ、神父。それ笑えないし」
「ワハハハ、私もそう思うよ。けど、事実じゃしなぁ……」
「………………日本を沈める気!?」
 うわぁ、更に悪名高い超有名人。冗談、と思いたい。

 ――――真祖の姫君。

 “魔”の頂点に君臨する、真祖と呼ばれる吸血鬼の姫。
 彼女は、星寄りの力の具現――精霊に近い存在。死徒と呼ばれる吸血鬼を狩ることで知られ、その力は“神話”級の派手さを持って伝説となるほど。
 彼女が戦った後には、山が無くなり、湖が干上がったとか、協会にはそんな実しやかに流れる噂があったりする。

「何だってそんなコトになってるのよ!? ある意味、吸血鬼がダースで来るより危険じゃない」
 わたしの顔は青くなっていると思う。

 比喩無しに、それは危険で、きな臭い感じがプンプンしている。
 なにせその御ニ方、お互いを天敵同士とみているような間柄なのだ。
 それは、わたしと言峰が同棲するよりも奇異な出来事に違いない。む、この表現は想像するだに恐ろしいが、つまりそれぐらいヘンなコトなのだ。

「詳しいことは、わからん。トップシークレットに指定されて、私のような下っ端ではさっぱり。
 長生きしたいなら詮索はするな、と上層部からやんわり御達しがくるほどだ。しかし、私はこれでも長生きしたいと思っておる」
「う、同感」
 もし、そんな連中が来たら、即刻ロンドンに高飛びせねばなるまい。

 なにせ英霊であるセイバーを、地上において単体で打倒しうる存在があるとすれば彼ら以外にありえまい。

 埋葬機関の代行者は、その卓抜した能力以上に、不死身とされる吸血鬼を消去する目的上、その魂さえ否定する“概念武装”を備えている。それは、英霊の持つ宝具に匹敵するものだと聞く。
 真祖の姫君に至っては、その存在そのものが英霊と同格以上の神秘の塊。彼女にかかっては、英霊でも素手で一千切り(ひとちぎり)されかねない。

 それほどまでに、彼らは超越した存在なのだ。
 こうして考えると、世界は広い。強いヤツは、それこそ一杯いる。

「未確認情報ながら、二年ほど前に御ニ方の手によって死徒二十七祖の一角が堕ち、その上、その番外位までもが堕ちたと風の噂で聞いたことがある。
 近年、死徒二十七祖に変動がなかったと考えると、華々しく活躍しておるようじゃな」
「……知らなかったわ、そんなこと」
 さっきよりも頭痛が酷くなった気がする。

 海外で大きな勢力を誇る“魔”の顔役とも言える貴族気取りの吸血鬼の連中――死徒二十七祖も、その御二方にかかっては、一たまりもなかったようだ。

 遠坂家も、その死徒二十七祖の一人が大師父である時点で、まるっきり無関係というワケでもないのだが。

「無理もなかろう。この話は、魔術師の世界でも裏側の話。本来、探求の道を歩んでいる表の魔術師の耳には入るものではないからの」
 それはそうだ。根源に辿りつく事を至上にしている魔術師には、裏の世界の派閥抗争など関心が薄かろうというものだ。

 当時のわたしの情報源が、言峰ということもあってそこで意図的にカットされていたかもしれないけれど。

「まあ、御ニ方の縄張りには近づかん方がいいな。それに縄張りとしているのは、あの遠野家の領域(テリトリー)でもあるしの」
「……あの、“混血”の遠野家?」
 もう驚くまいとしていたのに、またびっくりした。

 先程の御二方には及ばないが、これまた日本にいるなら無視できない勢力の一つ。

 ――――遠野家。

 遠野家は、日本の政財界に深く根を張る“混血”の一族の宗主。
 その先祖は、“鬼”と呼ばれるモノと婚姻を結んだらしい。そして、鬼の異能力を手にした彼らはその力で持って他の“魔”に対抗し、管理する立場となって今の地位を築いてきたらしい。今でも、その血は色濃く残っていると聞くけれど。

 日本に、協会や教会の勢力が及びにくいのは、彼ら“混血”の一族や、日本独自の“退魔”機関があるからでもある。

 それがなんだって、御ニ方がそんなところに呉越同舟しているというのか……。

「――ま、触らぬカミにタタリ無しってヤツね」
「そうじゃな。目をつけられんようにすることだ」
 それで、横道にそれた話を元に戻す。
 雲の上のような話は横に置いといて、今は解決すべきことがある。

「気がついたかね? 街全体の、瘴気が薄れ始めているのを」
「……それは、この前の聖杯戦争で聖杯が閉じたせいじゃないかしら。それに、それはいいことじゃないの?」
「遠坂殿。人が生きるということは、奇麗事ばかりではない。
 故に、人が多くいる都市で瘴気が薄れるということは、悲しいかなありえない事なのだよ。特にこの都市では……」
 神父は悲しげに言う。

 人の思いもそうだが瘴気は、普通、時が経てば自然界の力などで浄化されて薄れていく。
 けれど、人の多い都市ではその浄化能力自体低くなっているし、薄れる前に新たな瘴気で補充されてしまう。
 特にこの冬木市の場合は、霊脈があるから気なんかが留まりやすい条件を満たしている。

 なるほど、そう考えれば瘴気が薄れるというのは、何か不自然なことだ。

「瘴気とは、人の負の精神エネルギーの集まり……。それが場に残るほど、強いモノだ。
 …………そうしたモノを糧にする存在がいることは、遠坂殿はよくご存知のはず?」
「……サーヴァントが、そうだって言うの? 冗談じゃないわ。あの子にそんなモノ食べさせるワケないでしょ!」
 淡々としゃべる神父に我慢ならなくなって、わたしはテーブルを叩く。

 叩いた衝撃で積まれたお皿が揺れるのを、神父は冷静に押さえることで対処する。
 これも年の功だろうか。それがこちらの神経を余計に逆撫でする。

 今のは、セイバーとわたしを侮辱するも等しい発言だった。

 確かに、英霊であるサーヴァントは、“魂喰い”(ソウルイーター)に近い性質を持ち、精神や魂を糧にするものだけど――。

「セイバー殿を疑っているわけではない。あれほどの清い存在が、そんな穢れたモノを食したらその神聖さを失うことにもなろう。
 それにあの方が、そうではないことは私が深く信じている。これでも私は英国の紳士、なおのことだ」
「う、わかってるじゃない」
 神父の真剣な言葉に、わたしの溜飲はなんとか下げることができた。

 セイバーの場合、瘴気なんてワケわかんないものより、誇りをもってゴハンを選ぶ子だし。
 それと、この神父。セイバーの正体をどう知ったのか、それで余計に敬意をもって接している節がある。

「そして、魔術師にはそれを魔術儀式(フォーマルクラフト)に用いることもできよう?」
「魔術師がいるって言うの? それこそ、都市全体の瘴気が薄れるほどの魔力の流れとなると、わたしが感知できないワケないわ」
 そう、これだけは断言できる。
 この冬木市において、そんな大規模な魔術行使を行えば、周囲一帯の霊脈を抑えている遠坂家のわたしに感知できないはずがない。

 第一、そんな大魔術を行えるような魔術師は、わたしが知る限りこの地にいない。
 その可能性のある老魔術師は、聖杯戦争の最中で殺されたと間桐慎二から聞いている。
 それに、ソイツは己の体を維持するだけで魔術を使うことすらできない身であると父から聞いたことがある。

「そうだ。今した話は、可能性にすぎん。何しろ――」
「――情報がないのね」
 わたしの発言に、神父は苦笑を浮かべて頷く。

「私も気になったのでね、ここ一週間前から巡回している。手がかりどころか、何の気配さえ得ていない有様ではあるがね」
 神父は苦労していることを伝えるために、肩を揉む仕草をする。

「それに、この地は聖杯召喚の地。この地特有の自然現象という結果で、杞憂に終わるかもしれん。
 が、念のため遠坂殿には知らせておくべきだと思ってな」
「ありがとう。その配慮、深く感謝するわ。後手に回るのは、御免だもの。杞憂とわかるなら、それはそれで安心できるってもんだしね」
「いやはや、遠坂殿はそのお年で危機管理意識ができていて頼もしい限りじゃな」
 嬉しそうに神父は相好を崩して頷く。

 その後で、苦々しく「この前の職場では、それで酷い目にあったからの」と呟いたから、何か色々含むところが過去にあったらしい。

「んー。まぁ、何となくね……」
 おだてられたところ悪いけど、暴走しそうな若干一名のバカが気がかりだから嫌でもそうなったというところが真実だったりする。
 行方不明者が続出している……なんて聞きつけようものなら、あのバカの行動は目に見えているし。

「……本当に杞憂で終わって欲しいものだよ、遠坂殿。
 しかしな、件(くだん)のあの公園に行けば、今回の異常さを実感してもらえると思う」
 神父は己の言葉では深く語らず、わたしの感覚でその異常を感じ取って欲しいと言ってきた。

 わたしと神父の間で話題になる公園と言えば、一つしかない。

 ――――つまり、それほどまでに異常なのか。

「……わかったわ、帰りにでも確認する。
 それじゃ、わたしの方でも調べてみるわ。情報が足らないし、カバーすべき範囲が広すぎるから、人海戦術で情報収集したいところね」
「わかっている。こちらで得た有益そうな情報は逐一報告させてもらおう。そちらの方でも、何かわかったら頼みたい」
「ありがと。じゃ、協力体制でいきましょ、神父」
 これで今後の方針が決まった。
 敵に回すと厄介だけど、味方というより、中立の立場にしておきたい教会の代行者と協力体制ができたのはありがたい。

 この点、遠坂家は都合がいい。
 表面的かもしれないが、魔術師なのに教会とは協力関係が出来上がっているのは、父を含めた先祖の功績である。

 帰ろうと、腰を浮かしかけたわたしに、神父は手で制した。
 何だろうと思っていると、神父は懐から普通に売られているような青いファイルを取り出した。

 以前から思っていたことだけど、あの神父服はどういう構造になっているのだろうか。
 何が出てきても不思議ではない気がする。もしかしたら、四次元なのかもしれない。センスはわたしに合わないが、便利そうでわたしも欲しい。

「――遠坂殿、ずいぶんお待たせしたがね、お尋ねの情報、ようやく揃えられたよ」
「あ、そうなんだ? すっかり忘れてたわ」
 そう言えば、ずっと以前に神父にお願いしておいたことがあるのを思い出した。

「このことは、しっかりと“give and take”じゃ。それを集めるのには、少々骨が折れたのでな」
 この狸神父、勿体つけるかのように大仰にファイルをこちらに差し出す。

 魔術師は、等価交換が基本。
 これでその対価に見合うだけの仕事をこなさなくてはならなくはなったが、わたしにはそれだけの対価を払ってでも関心のある情報なのだ。

「んん。ツケといてね……って、これだけ?」
 渡されたファイルは、期待したほどの厚みはなくて薄い。

「……それほど難物だった、ということだ。私にとっても衝撃的な内容だった、と言っておく」
「…………やっぱり、そうなんだ」
 精読するのは家でするが、その資料を早速ペラペラとめくって内容を確認する。

「――――何よ、これ!?」
 渡されたファイルの内容は、わたしの予想を大きく超えていた……。



 神父のところで話しこんでいたために、だいぶ遅くなってしまった。
 「セイバー殿によろしく」、と渡されたケーキを一箱、神父からお土産にもらったのは語るべくもない。

 時刻は、すでに十九時を過ぎている。
 重く立ち込めた雲のせいで、静かすぎる暗い夜の時間になっていた。

 教会から帰り道、吐く息が白いことに気がついた。

「――よしてよね」
 夏なのに、寒い。季節外れにも程がある。

 不吉なことを聞いたせいだろう。この寒さは、あの聖杯戦争の冬の寒さを否応にも思い出させる。

『……街で異変が起きている』
 あの狸神父はそう言った。ならば、この寒さも何かを暗示しているようだった。

 びゅう、と吹く風は冷気を帯びて、わたしの体温を奪う。

「セイバーが上着用意しておいてくれて、ホント助かっちゃった」
 交差点でセイバーから渡された上着の前を合わせた――。


「――凛、上着です。今日は冷えそうでしたので、用意しておきました」
「ありがとう、セイバー」
 セイバーが持ってきてくれたのは、春先に使っていたお気に入りの赤いカーディガン。

「……涼しいからかな? 今日は蝉の鳴き声、しないな」
 士郎は、今気がついたように呟く。

 自然の豊かさが売りでもある冬木市は、近くに山があることあって夏になると蝉がミンミンうるさいほど。でも、今日はそれが聞こえない。

 言われてみれば、静かといえば静かで、蝉どころか小鳥の鳴き声さえしない。
 士郎との帰り道も、とりわけ静かに感じられたのも頷けた。

 ふと思い返せば、今日は過ごしやすかった。
 夏にしては、涼しく感じられた。そうだ、朝に士郎の腕を抱いても苦にならないくらいに……。

「気候の異常は、凶事の前触れと教えられたことがありますが……」
「異常気象、この近年多いからね」
 セイバーの予言めいた言葉は、今はサラリと流すことができないでいた。


 先程、公園に行ってきた。

 神父の言う、異常を実感してきた。なるほど確かに、アレは異常だった。
 最近、新都の方に来ることはなかったとはいえ、これほどのことが起きてわたしが気がつかないなんて、それが驚き。

 あまりに綺麗すぎる空間となっていた。
 清められた場所であると感じるほどに、何も感じられなかったのだ。

 吹きすさぶ風に波打つ草原が大海原を思わせる公園は、以前よりも静寂に包まれていた。

 ――――まるで、色のついていない海の絵画。

 あんなに渦巻いていた負の想念が、本当に綺麗さっぱり消えていた。
 あそこは、教会以上に穢れた瘴気渦巻く場所であるはずで、この先、何百年何千年単位で薄れるものであるはずのもの。

 なにせ、あそこは実際に前回の聖杯召喚の場所。

 ――――そして、多くの命が失われた場所。

 目を閉じて耳を澄ませば、浮かばれぬ怨嗟の声が聞こえそうなところであったのに、耳が痛いほどに静かになっていたのだ。
 今は、清水のごとく無色の大源(マナ)が溢れる異常のない霊地としての姿がある。

 それが、何より異常だった。

 ――――まるで、ごっそりナニかに食べられてしまったかのように……。

 けれど、あれほどの穢れを、まるごと平らげることができるモノが果たしているのだろうか?
 できるとしたら、それは、人智の超えたモノに違いない。

 でも、そのようなモノがいたとしても、街は今の今まで平穏そのもので、そんな巨大な気配は感じないし、セイバーも感知していなかった。
 仮に、魔術師がここに渦巻いていた瘴気を魔力に変換するほどのエネルギーを要する魔術行使を行ったとして、その現象が何も起きずにその形跡さえ残っていないのは、あまりに不自然だった。

 その事実が、身を震わせる。
 外界に異常を感じさせないモノが、優秀な結界と呼ばれるが――。

 だとしたら、わたしやセイバーさえも異常と悟らせない結界が、この街に知らない間に覆われているのかもしれなかった。

 ――――けれど、唯一の異常と感じられるのが、この寒さ。

 神父の言っていた異変と関係ないのかもしれないけれど、その予兆としてはこの寒さは充分すぎるように思える。

 むしろ、あそこの瘴気が薄れたのは、この寒さと関係しているのなら理解できるのに……。



 コツコツと規則正しく響くわたしの靴音は、人気のないこの夜道には余計に心細く聞こえ、月明かりもない点在する街灯だけの通りはいつもより距離を感じる。

 ――――その途中、わたしの靴音と重なる靴音。

 最初は気のせいかと思ったけれど、わたしが歩く速度を上げると、その靴音も追うように速くなる。

 心拍数が上がるのを自覚し、背中には嫌な汗が流れていく。
 これほどの緊張感は、あの聖杯戦争以来。

 曲がり角で気がつかれないように後ろを確認しても、街灯の明かりが届かないところにいるのか正体はつかめなかった。

 それからは、つけられていることを知らないフリをして歩き続けている。
 下手なリアクションは、相手の行動が読めなくなる。できれば、正体を見極め、こちらの間合いになるまで待って不意を打ちたいところ。

 殺気は、感じない。感じないが、嫌な感じがする。
 不安は、わたしの中でどんどん大きくなっていく。
 その距離は、背後に微かな息遣いを感じながら詰められつつある。

 ――――その靴音に、神父の言葉が甦る。

『報道はされていないがね、最近、失踪者が大勢いる』



<履歴>
掲載日:2006/01/25
投稿日:2004/09/26

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